ビエンチャンで見つけた英雄たち

公開日 : 2011年07月30日
最終更新 :
ファーグム王の像.jpg
セタティラート王の像.jpg

次はランサーン王国の都を1560年にルアンパバーンからビエンチャンに移したセタティラート王です。

台座に座っています。セタティラート王は遷都後間もなく大仏塔タート・ルアンを建立した王としても知られています。いまもタート・ルアンの正面入り口に鎮座して、ビエンチャンの街を見守っています。昨年2010年には遷都450周年記念の行事が盛大に挙行されました。

アヌヴォンの像.jpg

三番目の英雄はアヌボン王(アヌ王)です。

手を西(タイ)に向けて突き出しています。

彼はランサーン王国がタイの属国だった19世紀初頭に当時のタイ国王ラーマ2世の庇護を受けていましたが、やがてランサーン王国の独立をめざして失敗し、囚われの身のまま、バンコクで没しました。彼の闘いはタイでは「アヌの反乱」と呼ばれ反逆者扱いされていますが、ラオスでは独立戦争の英雄で、メコン川の岸辺からタイを睨むようにした像が2010年建立されました。夕陽を楽しむ市民が花を手向けています。

シーサワンヴォン王の像.jpg

最後はシーサワンウォン王です。

手の平を南に向けた、宣誓する姿勢で遠くを見つめています。

ルアンパバーン王国の国王であった彼は、日本軍が1945年3月、インドシナに駐留するフランス軍を攻撃、駆逐したことを受け、仏領からの独立を宣言し、ラオス王国の初代の王座につきました。その後、ラオスは東西対立の中でもみくちゃにされ、苦しい道を歩みましたが、1975年、ラオス人民民主共和国建国に至って安定しました。この像は庶民に大人気のワット・シームアン寺院の横に胸を張って立っています。

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