タシケントでは本屋は深夜、車に乗ってやってくる??

公開日 : 2015年10月28日
最終更新 :

「え、これがタシケントで一番の新刊書店ですか...?」

 先日タシケントにいらっしゃった研究者を、タシケント市中心部、ナヴォイ・オペラ劇場近くの書店にお連れした時、その方が思わず漏らした言葉です。無理もありません。その書店は品数も少ないうえに、児童書や、数学や化学といった小・中・高校で使うような教科書類といったもので、書架の3分の1が占められていたのですから。

 実際問題として、独立後のウズベキスタンでは、新刊の発行数はかなり限られているようです。ソ連時代は、学術研究が盛んだったことや、文学書の発行数が多かったことから。たくさんの本が市場に出回っていたようですが、独立後は政府がイニシアチブをとって出版を支えるようなシステムがなくなったこと、出版事業が政府からの注文頼りとなり、その政府の注文も限られていること、また、これは特派員の推測なのですが、独立後にロシア語を解さない年齢層が出現した一方、ウズベク語書籍の出版数は出版業界全体を発展させるほどには多くはないこと―――などが、理由として挙げられるかと思われます。

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(上写真はモスクワで発見した書店。学術書や文芸書が山積みで、本好きにはタマラナイ)

 先日、タシケント市内の書店街で本を物色していた時のことです。

 この一角は、書店が露店を並べている一画で、語学書や教科書類が主に店先に並んでいます。多いのがソ連時代に出版された本で、ウズベキスタンでは独立後も、これらの古い本で勉強、研究する学生や研究者が多いです。

 とある書店に、背が低い禿げ頭のウズベク人のおっさんがいました。書店の店主、特に男性の売り子には知的な風貌の人が多いのですが、このおっさんは、なんというか、それとは程遠い感じです。しかも強欲そう。

ハゲオヤジ:「なんだ?え、日本人?大学院生?どんな本が欲しいんだ?」

特派員:「えーと、こうこうこういうテーマで研究しているのですが...」

ハゲオヤジ:「それなら探してみよう!」

 そうしてそのオヤジは、店舗後ろで本の整理をしていた相棒を呼びました。革ジャンを着た、おやじと比べるとだいぶジェントルに見える人です。三人で、書店街から少し歩いたとある一画、路上清掃のための道具がしまってある地下倉庫まで行くと、倉庫の一室に、あるわあるわ、古書の山です。しかもどれも、背表紙を一瞥しただけで、市内の古書店では見つからないような、ソ連時代の学術書と判別できます。

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 ソ連時代のものだけではありません。帝政ロシアのころ、1910年代とか、1890年代の学術書や論文などもあります。ロシア語の表記が現代のそれと若干違っているうえに、現代ではほとんど英語である論文要旨がフランス語です。

(特派員註:帝政ロシアでは上流階級や知識層ではフランス語がもっぱら使われていた。09-11年にかけて放送されたNHKのドラマ「坂の上の雲」でも、帝政ロシア海軍の艦長と本木雅弘演じる秋山真之が交渉する際にフランス語で通訳が行われるシーンがあります)。

 帝政ロシア期の中央アジアをカラー写真で撮影した、非売品のアルバム(500ドル)、真っ茶色に変色し装丁が朽ち果てたわら半紙のような紙質の、キルギスやトルクメニスタンに関する1920年代の人類学調査論文(1冊70ドル)、等々、どれも貴重なものばかりですが、とてもその時の特派員の手持ちのお金で買えるものではありません。

「このテーマでいい本が見つかったら教えて」

と、ハゲオヤジと連絡先を交換してその場はわかれました。

 ハゲオヤジ;「いい本が見つかったぞ!今からそっちに車で届けるから場所を言え!」

 後日連絡が入り、真夜中にもかかわらず、夕食をとっていた店まで相棒の革ジャンが運転する車で来てくれました。ソ連時代の車、「ラーダ」です。あれだけ本の値段を吹っかけていただけに、ガタが来ている古い車で来たのが意外でした。

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 トランクを開けると、学術書だけでなく、一次資料となるようなものまでありました。

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 その後も何回か商談を重ねた後、深夜までやっている店で、ハゲオヤジ、革ジャンと三人でウォッカを飲みに行くことになりました。

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特派員:「どうやってあんな本を手に入れるのですか?」

ハゲ:「図書館から流れてくるものとか、あとは研究者が亡くなったあと、その蔵書を買い取ったり。独自のネットワークがあってな、どこそこで学者が亡くなったという情報が入ると、ウズベキスタン全土、どこでも買取に行くのさ」

 訊くと、ハゲオヤジはかつては研究機関付属の図書館に務めていたとのことです。だからか知りませんが、外国人研究者がどのような本を求めるか把握しており、それだけに相応の値段を提示してくるようです。この日トランクには、中央アジアに住んでいる各民族の骨格を比較した形質人類学の6巻本が積まれていました。アメリカ人の研究者に600ドルで売るそうです。

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 慶應義塾大学の廣瀬陽子准教授が、アゼルバイジャンで目の当たりにされた、図書館職員らの小遣い稼ぎを目的とした本の流出について、ご著書の『強権と不安の超大国・ロシア ―旧ソ連諸国から見た「光と影」』(光文社新書、2014年)の中で書かれています。特にソ連崩壊直後の経済混乱期に著しかったらしく、当時日本人研究者の間では「早く現地に行かないと本がなくなってしまう」というようなことがよく話されていたようです。

 ウズベキスタンでは最近になって、アリシェール・ナヴォイ国立図書館という、設備が整った図書館が完成しましたが、ハゲオヤジ曰く、「それまでに相当の本が流出したはずだ」とのことです。本を買った特派員自身はその「流出」のいわば片棒を担いだことになるわけですが、いろいろ考えさせられる経験でもありました。

では、Ko'rshamiz! (またお会いしましょう!)

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