シルクロードのウォッカにまつわるムスリム群像

公開日 : 2015年06月30日
最終更新 :

 Assalom alaykum! みなさんこんにちは、タシケント特派員の齋藤です。

 本ブログでたびたび登場するウォッカは、一般にはロシアのお酒というイメージが強いかと思われますが、旧ソ連圏全般でよく飲まれているようです。ウズベキスタンでは、コニャック(ブランデー)やワイン、そしてビールなども飲まれますが、「酒を飲むときは、なんといっても、ウォッカ」という風潮が強いように思われます。

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 夏などは、どうしても冷たいビールが欲しくなるのが、日本人の性。しかし、ウズベキスタンでは、「冷たい炭酸の飲み物は体に悪い」と考える人が多いためか(振って炭酸を抜いてからコーラを飲む人をたまに見かけます)、冷たいビールを出さない店に出会うこともあります。ただ、羊の風味が強く、脂っぽい現地の料理にビールをあわせても、羊の脂をビールが爽快に流してくれる、ということはあまりないような気がして、少なくとも個人的には、カッと胃腸を刺激してくれるウォッカか、食後にしみじみと胃を温めてくれるチャイが、ウズベク料理にはあっているように思いました。

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 中央アジアは、旧ソ連圏であると同時に、イスラーム地域でもあります。ウズベキスタンも、ロシア人などの正教徒も数多く住んでいるものの、スンニ派イスラームが多数派です。ソ連時代に育った人にはお酒を飲む人、お酒が好きな人がたくさんいるのですが、独立後のイスラーム復興の流れの中で、特に若い人を中心に、お酒を飲まない、モスクの聖職者の言うことをよく聞くといった、そんな敬虔なムスリムも増えています。

 前回のウズベキスタン留学中に友人となったウズベク人のJ君もそんなムスリムの一人。留学中のある日、サマルカンドで知り合った50歳代の映画監督に昼食に誘われ、「いっしょにどうか」と彼を誘った時のこと。最初はみんなで穏やかに話をしていたのが、映画監督が鞄からウォッカとつまみ(きゅうりのピクルスの瓶詰)を取り出した瞬間、J君の表情が一変。「帰りたい」と言い出すJ君と、「なぜイスラームは飲酒を禁止しているのか」と、おそらくはソ連時代の教育の中で培われてきたのであろうロジックをつかってJ君を論破しようとする監督との口論を見て、「同じ国の同じ民族なのに、こうも信条や価値観の断絶があるのか」、と、旧ソ連崩壊から現在に至る、この国が経験した変動の大きさを垣間見た気がしたものでした。

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 ちなみに、サマルカンドやブハラ、ヒヴァといった、シルクロードの観光名所として有名な古都は、ウズベキスタンの中・西部にあり、これらの市内には観光名所となっているモスクがたくさん建っています。しかしその一方、一般的にウズベキスタンは、西に行けばいくほど、アルコールに関する戒律が弱い、と言われています。実際、日本人研究者で、ヒヴァやカラカルパクスタンなど、西部に調査に行く人たちは、調査地で現地人に無茶苦茶に呑まされ、ヘロヘロになってタシケントに帰ってきます(特に男性。女性は基本的に、あまりお酒を勧められません)。

 サマルカンド出身のJ君は最近、タシケント(ウズベキスタンのやや東部に位置)に引っ越したのですが、タシュケントは熱心なムスリムが多くてうれしいそうです。「サマルカンドには酒飲みも多かったし、こっそり豚肉を売っているムスリム(イスラーム教徒)もいました。いくら有名なモスクがたくさん建っているからといって、それが信仰心を反映しているとは限らないんですよね」とは、J君の弁。

 とはいえ、また別のウズベク人は、「宗教に敬虔になっている人は、それによってほかの人との差別化(つまり、「自分はあの人より敬虔だから、自分のほうがえらい」)を図ろうとしている。動機が不純だよ」と言っており、様々な意見があるようです。また、とあるキルギス人などは、若いうちはお酒を飲んでいたけれど、最近は基本的に呑まなくなり、友人の誕生日などの祝いごとのときに付き合いで飲む、とのこと。

 先ほど、ウズベキスタンでは東西でお酒に対する姿勢が違う、と書きましたが、もう一つついでに言うと、キルギスではこれが南北で異なるようで、この地域差も、宗教への熱心さと比例するようです。この呑まなくなったキルギス人は南部の出身ですが、とある北部出身のキルギス人は、「吐くまで飲む」という、日本の昭和の大学生のような飲み方をしていました。

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 以前、ウズベキスタンの複数の農村を訪れる機会がありました。どの農村でも、ウズベク人のおじさんたちにやたらと飲まされたものです。ある時などは、村で結婚式が行われていたのですが、普段は奥さんたちににらまれて、あまり大っぴらに飲んだくれることのできない農村のおじさんたちも、この時ばかりはウォッカの瓶を次々テーブルに並べて嬉しそうな表情をしていました。もう、こうなると、メフモン(客人)である外国人がウォッカから逃れるのは至難の業。やれのめそれのめ、さあ踊れ、と、アルコールの入った頭をシェイクされた後の、4WDでのタシケントへの帰り道は、でこぼこ道のうえ、路面にあいた穴を避けるための、蛇行運転を含んだ2時間のドライブ。次回また調査を行う際には、ウコンの粉末を日本から持っていこうと、翌朝心に誓ったものでした。

(※今回のエッセイは、秋野豊ユーラシア基金メールマガジンの「エッセイ:ゆーらしあの風」で特派員が執筆した同タイトルの原稿を、加筆・訂正したものです。)

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