間寛平アースマラソンinブルガリア
(お断り)
今回の記事中の写真は「間寛平アースマラソン制作委員会」及び「吉本興業」から許可を得て使用しています。
全ての映像の著作権は「間寛平アースマラソン制作委員会」に帰属します。
お笑い芸人であり、スーパーアスリートである間寛平さん60歳。
自分がこれまで築き上げてきたお笑いタレントとしての地位を省みず、
「自分の足で地球一周したろ!」という壮大な夢の為に地球を駆け巡っている男。
その野望、同じ男として同じ冒険者として、かねてから興味がありました。
そして光栄なことに、11月28日から12月6日まで寛平さんがブルガリアを走る為のサポートをさせていただくことになりました!
同行スタッフとしてその夢に生きる男に実際に会い、心から感じたこと。
「めっちゃ男前」
コーディネーター、サポーターとしての仕事は多岐にわたりました。
しかし通常のテレビ番組や映画、CMのロケとは違いあらゆることが初体験で楽しかったです。
コーディネート、サポート業務の他に料理人としても腕を振るうことになりました(笑
ありとあらゆることを体験できて本当に楽しい、遣り甲斐のある仕事でした。
高速道路にサポートカーを止めて、寛平さんが走ってくるのを待つ間・・・
高速道路の路肩で野菜を切ったり味噌汁作ったり、高速で料理するの生まれて初めて(笑
ちなみに高速道路の走行許可、料理許可は内務省と国道警察隊から取っています。
高速の走行許可は通常ではなかなか取れませんが2ヶ月前から交渉した末、なんとか取ることが出来ました。
まずコーディネーターの仕事としては、ブルガリアを最短で抜ける為のルート決め。
そして走行予定ルートの安全確保が一番重要。
今回、当初の予定ではいわゆる「下道」を走っていただくよう考えていました。
下道のほうが色々な村や町を見れてブルガリアの田舎紹介として面白いですし。
トイレットペーパー山積みの村とか温泉がわいている田舎町、歴史のある町とか。
ネタ的にも面白い場所が結構あったんですが、ネタより安全を確保することが先決。
ブルガリアの下道は路肩が狭くて危ないということで急遽高速に変更となったわけです。
寛平さんは何もなく景色が余り変わらない高速走るのつまらん、と言っていましたが。
僕、ブーヤン、ホンコンさん達サポートスタッフはランの安全、快適性を重視しました。
寛平さんはつまらなくても、僕は高速で料理が出来たので楽しかったです(笑
また、高速の許可だけじゃ心配でしたので通過地点にある各テレビ局や新聞社に情報をリリース。
ブルガリアのメディアに取り上げられて寛平さんが有名になれば
寛平さんを見つけたドライバーも安全運転&応援してくれると考えたからです。
次の日には「つまらない高速道路」に現地報道陣が何社か掛けつけてくれ退屈さを吹き飛ばしてくれました。
高速道路の許可、報道陣の集合等の困難な手配が上手くいったのは、
運良く今年は「日本ブルガリアの友好50周年記念」ということが効いたようです。
そして1度取材されてからは寛平さんのユニークさ、偉大さが知れ渡り各報道陣が詰め掛ける毎日となりました。
午前中に約30km走りぬいた後の昼食時は寛平さんも大喜び。
毎日の昼食時には寛平さんの大好きな焼肉や焼き魚、野菜タップリのメニューを用意しておきました。
めっちゃ旨い、めっちゃ旨いと感激して食べてくれる寛平さんに料理人魂(?)が揺さぶられ、
日を増すごとに手の込んだものを作るようになっていきました(笑
最後の方では魚介の炊き込みご飯とか、スペアリブでダシを取ったスープとか('-^*)
毎日ランは5時頃に終わるので、みんなとの夕食前と就寝前に翌日昼食の仕入れと仕込みです。
焼肉のタレを5時間かけて煮詰めて作ったり、スペアリブから出汁取ったり、
新鮮なニジマスを養殖場から生きたものを仕入れたり、ソフィアの市場から珍しいアサリを届けてもらったり。
元気に力強くブルガリアを走ってもらう為、かなり本格的に料理しました。
というか、寛平さんの笑顔や言葉がそれだけやりたいという気にさせてくれました。
正直、同行前は「寛平さんが嫌な人だったら料理作っても毎日オニギリだけにしよ」って思ってました。
ところがどっこい、これ以上ないくらいの男前だったので精を尽くすことに。
お供をして数日後には寛平さんから仇名で呼ばれました。
「つくしんぼ、旨かったで。ありがとう。お前ほんまに(つくしんぼう)やなぁ」と。
「つくしんぼ・・・尽くしん坊」っていう意味だろうなぁと分かりましたが、
なぜだかその時は妙に照れて、「すみませんね、ツクシみたくヒョロい男で」って言っちゃいました。
ごめんなさい、ありがとう。良い仇名をつけてくれて。
寛平さん、本当に気さくで優しくて楽しくて力強く魅力溢れる人でした!
常に他人のことを気遣って考えてくれ、人間味に溢れる男気のある人。
僕が最後のサポート前日の夜には部屋に訪れてくださり、長いこと一緒に飲みながら色々話してくれました。
走って世界一周、生半可な精神と肉体の持ち主じゃ出来ないわけです。
そんな大好きな寛平さんと別れるブルガリアラン最後の日。
自分のサポートの仕事をホンコンさんに押し付け、わがままを起こしてトルコ国境直前まで一緒に走りました。
みんなからは3km走れていいところだ、と言われましたが死にかけながらも15kmを走破!
寛平さんは息一つ切らしていませんでしたが、しばらく僕は喋ることも出来ないくらい疲労困憊していました。
最後の最後で改めて寛平さんが挑んでいることの凄さが身にしみて分かりました。
僕は15kmでフラフラ、翌日は筋肉痛で歩けない。
寛平さんは1日平均50km走ってへっちゃら、そして目標は3万6000km。
寛平さんの後ろを走っていて、だんだん僕の視界から遠ざかっていく寛平さんを見て
「本当に60歳?絶対人間じゃない」って思いました・・・。
でもマラソン初めてだけど、目標地点に向かって走るの楽しかったなぁ・・・
来年の夏の冒険はチャリじゃなくて走って黒海まで行ってみようかな?
寛平さんはブルガリアを1週間で走りぬき現在はトルコを疾走中。
翌年1月中旬にはトルコを抜け、その後はイラン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、カザフスタン・・・
そして中国を越え、海を渡り、2010年の年末には日本に到着する予定です。
今後もブルガリアから応援し続けています!!
また、この記事を見てくださった方でご興味がわきましたら是非公式サイトを見て
寛平さんを応援してあげてくだされば嬉しいです!!
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