星伝説にまつわる3つの神社 ~井原市美星町~

公開日 : 2021年05月05日
最終更新 :
筆者 : mami

岡山県は晴天率が高いこと・気流が安定していることにより天体観測に最適で、京都大学口径3.8m望遠鏡「せいめい」を筆頭にたくさんの研究施設・天文台・観測室があります。

その中でも美星町は名前どおり星空が美しく、美星天文台・JAXA美星スペースガードセンターなどの施設もあり、天文学者27名が選ぶ日本でいちばんきれいに見える星空ベスト3にも選ばれています。

美星という名は、そもそも町内を流れる美山川と星田川の一字ずつから美星町と名づけられましたが、昔から星にまつわる伝説も残っています。

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鎌倉時代に流れ星が空中で3つに分かれて落ちました。村人はこれを神様の使いと信じ、落ちた場所に祠を建て、厚く信仰し、いつしかこの地を星の郷と呼ぶようになったという「星尾降神伝説」が伝えられています。

流れ星が落ち、祀った祠が現在の「星尾神社」「高星神社」「明神社」の3つの神社とされています。

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「星尾神社」は、祠が建てられたおよそ百年後に、この地を治めていた豪族・妹尾平治右衛門(せのお へいじえもん)が、重病に倒れ星の神様に祈ったところ回復し、加護と威徳に感謝して1324年に祠の場所から約200m南西の森に神社を建立したと伝えられています。

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拝殿の造りも手が込んでいて平治右衛門の厚い信仰心が感じられます。

毎年8月7日に七夕祈願祭を開催し、全国から集まる七夕短冊のお焚き上げ祈願が行われ、天に願いを届けています。

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また、祠のあった場所には「星尾大明神 降神地」の石碑と灯籠が残されていました。

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「高星神社」は1532年に「星の明神」として神社が建立され祀られたと伝わっています。

明星(生命)にちなんで安産の神様とも知られ広く信仰を集めているそうです。

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現在の社殿は明治40年に造営されたものですが、拝殿の軒下に神楽面のような面がありました。何を意味するのでしょうか。

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この神社は少し高台にあり、周りの吉備高原の風景が眺められ、とても清々しく感じられます。

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「明神社」です。宇佐八幡神社の末社として皇(すめらが)神社という名で祀られていました。

事前に「宇佐八幡神社」の中にあるとは知っていたのですが"明神社"や"皇神社"ではナビや地図では検索できなかったので参拝される方は「宇佐八幡神社」を目指してください。

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末社ながらも宇佐八幡神社とは別に鳥居があり、狛犬も配置されていました。

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奥に見えるのが宇佐八幡神社の本殿で、まったく引けを取りません。

帰って資料を確認してわかったのですが、現在の宇佐八幡宮の宮司は民俗学者の神崎宣武氏でした。

いま、美星町が目指しているのが「国際ダークスカイ協会」による申請カテゴリ「ダークスカイ・コミュニティ」の認定です。光漏れの少ない屋外照明計740灯(防犯灯389、施設照明344、道路灯7)の光害対策型への交換をほぼ完了し、今年4月28日、星空保護区申請書のIDAへの提出が完了しました。もし認定されれば国内初であり、アジアでも初となる快挙に期待したいと思っています。

筆者

岡山特派員

mami

岡山生まれの岡山育ち。岡山市内在住の生粋の「おかやまっ子」です。

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