トップ > 日本 > 岡山特派員 > 備前国分寺跡 ~赤磐市(旧山陽町)~

日本国内日本国内/岡山特派員ブログ

備前国分寺跡 ~赤磐市(旧山陽町)~

カテゴリー:文化・芸術・美術 投稿日:2021年2月27日

2.JPG
両宮山古墳から数分の場所に備前国分寺跡があります。
がら~んとした原野で、かつては国府が置かれていたような華やかさもにぎやかさもいまはありません。

2.JPG
創建当時の鳥観図がありました。両宮山古墳も描かれています。
両宮山古墳は5世紀後半に造営され、備中国分寺は天平13(741)年の国分寺建立の詔の頃に創建されたと見られています。南を通る古代山陽道を挟んだ南方には国分尼寺跡があり、さらに南西約6.5kmには備前国庁跡がります。当時はさぞかし往来のあるにぎやかな場所だったことでしょう。
パンフレットがあったので、それを参考に歩いてみます。

3.JPG
南門跡を通過し、右側には石塔があります。ここには、天平時代には七重塔が建っていたそうです。

4.JPG
復元想像図です。当時は仏舎利ではなく、経典を納めた塔だったそうです。
一辺60尺の基壇と、心礎の礎石だけが現存していました。

5.JPG
七重塔自体は平安中期に廃絶し、この石塔は鎌倉時代に心礎上に建てられたものだそうです。
塔ががなくなったいまは、この石の七重層塔だけが当時の面影を偲ばせていました。

6.JPG
本尊が祀られていた金堂に近づきます。
どんな金堂が建っていたのでしょう? 法隆寺の金堂など知っている寺院の金堂を思い浮かべてみます。

7.JPG
ここは金堂の北の講堂へつながる北面回廊です。

8.JPG
9.JPG
ここが講堂の跡地で実物の礎石がいまも残っていました。

以前に紹介しました、備中国分寺 は建物があり、伽藍配置も奈良時代の建立時とはまったく違うので、いにしえの姿を想像しにくいのですが、備前国分寺跡の何もない空間は、当時の様子を勝手に想像し妄想を楽しめます。♪

10.JPG
国分寺跡の西にただずむ神社。国分寺八幡宮という名前でした。

741年に建立されたこの備前国分寺は、平安時代に改修が行われ、平安時代末には、講堂と北側の回廊が焼失してしまったそうです。
鎌倉時代以降に講堂は建て直されますが、当初の講堂よりも規模が小さくなり
約400~500年ほど前の16世紀後半には、廃絶したそうです。


■備前国分寺跡
・住所: 〒709-0825 岡山県赤磐市馬屋
・電話番号: 086-955-0710(赤磐市教育委員会社会教育課)
・URL: 赤磐の文化財
・アクセス: (車)山陽自動車道山陽ICから約10分/(公共)JR瀬戸駅からタクシー約10分
・駐車場: 稚媛の里駐車場を利用





記事の商用利用を希望される際はコチラからお申し込みください。

mami

日本国内・岡山特派員のmamiが現地から日本地域に至るまで、旅行・観光・食事などの現地最新情報をお伝えします。

いっしょに読みたい 関連記事

最近の画像

画像一覧へ

カテゴリーから記事を探す

月別記事一覧

特派員プロフィール

日本国内日本国内/岡山特派員
名前:mami

mami

岡山生まれの岡山育ち。岡山市内在住の「おかやまっ子」です。鉄道好きの夫に連れられ県内外各地を歩くうち、カメラを手にするようになり、文章を書くことが好きなことも高じて2013年からは個人ブログ「つれづれ日記」をはじめました。地元民目線での岡山の四季折々の自然や人々の生活、そして美味しい情報をレポしていきたいと思っています。 DISQUS ID @disqus_LJ2QGvckC1

岡山特派員トップにもどる


岡山県に泊まる

その他のエリアから探す

特派員募集中!

日本国内、海外を問わず特派員は随時募集しております。ご興味のある方はぜひご応募を!

岡山特派員トップにもどる

トップ > 日本 > 岡山特派員 > 備前国分寺跡 ~赤磐市(旧山陽町)~

PC版で表示

運営会社と個人情報保護について