悲劇のヒロインが祀られる御霊神社

公開日 : 2018年12月20日
最終更新 :
筆者 : 大向 雅
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今回は奈良町にある御霊神社を紹介

御霊神社(ごりょうじんじゃ)という名の神社は全国に点在しています。これは非業の死をとげた人の祟りを恐れたために、それらの霊魂を鎮めるために祀った神社のことをいいます。

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京都では第50代・桓武(かんむ)天皇の実弟であり、謀反の罪に問われ幽閉先で非業の死をとげた早良(さわら)親王を主祭神とすることが多く、滋賀県大津では第43代・天智(てんじ)の息子であり、壬申の乱で亡くなった大友(おおとも)皇子が祀られています。

そして奈良では第49代・光仁(こうにん)天皇の皇后であった井上(いのえ又はいがみとも)皇后と他戸(おさべ)親王のお二人が御祭神です。

社伝によると、創建は平安時代初期の800年に桓武天皇の勅願によるもので、当初は元興寺の南大門付近にあり、東側にある早良親王を祭神とする祟道天皇社とともに、南都二大御霊社として、夏と秋に御霊会(ごりょうえ)なるものが執り行われていたそうです。しかし、室町時代に元興寺の諸堂とともに焼失してしまい、現在の地に新たに建てられたとのこと。

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門をくぐると右手に手水舎があるのでまずは、手と口を清める♪そして本殿に向かおうとすると、誰かに呼び止められたような気がして振り返りますと、なんと!祓戸社がありました。比較的大きな神社では見かけますが、こじんまりとした境内のこちらにあったのには少々驚きです。ちなみに、右隣は出世稲荷♪

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本殿にお参りする前に、この祓戸社の御祭神であります瀬織津姫(せおりつひめ)、速秋津姫(はやあきつひめ)、伊吹戸主(いぶきどぬし)、速佐須良姫(はやさすらひめ)の四柱の神々の力で穢れを祓っていただきましょう。

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そしてあらためて本殿の前にある拝殿へと向かいます。土日ならば人の出入りも多少はありますが、平日はし~んと静まりかえった境内。天皇の皇女、そして皇太子として生まれながら悲しい人生になってしまわれたお二人の魂を鎮めるには、これくらい静かな方が良いのかもしれません。

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さて、主祭神の井上皇后と他戸親王がどのような方々なのか、なぜ祟られるほどの非業の死をとげられたのか...これにつきましては少々長くなりますので、次回に分かりやすく解説いたします。

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