フランスのリヨン郊外にある、ル・コルビュジエの傑作「ラ・トゥーレット修道院」を訪ねる

公開日 : 2020年04月21日
最終更新 :

【フランス リヨン便り n°18】

フランスは2020年5月11日まで外出制限期間が延長され、自宅待機を余儀なくされています。

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)COVID-19のアウトブレイク(爆発的拡大)はピークに達し、感染拡大のペースに鈍化の兆しがみられるようになりましたが、油断は禁物です。

2020年4月20日14時現在で、フランスの感染者数は前日より2015人増の11万4657人となり、入院患者数は延べ8万1251人、退院者数3万7409人、重篤者数5683人、死亡者数2万0265人が確認されています。

世界全体では、2019年12月31日以降の感染者数は延べ235万5853人(ヨーロッパ全体では94万7693人)、犠牲者数は16万4656人(ヨーロッパ全体では9万9232人)です。

4月19日、フランスのフィリップ首相が2時間30分にわたって、新型コロナウイルス(COVID-19)に関する会見を行い、現行の外出制限措置の目的とその効果、5月11日以降の外出制限措置の段階的解除、地域のシナリオに応じた段階的学校の開校、PCR検査の実施件数の増加目標(現在1週間あたり15万件、これを50万件まで増加)、公共交通機関利用時のマスク着用の義務化の可能性などを示しました。

首相の会見で印象的だったのは、「ウイルスとの闘い」から「ウイルスとの共生」に主旨が移行してきたことです。ウイルス感染が落ち着きを見せたとしても、COVID-19に特化したワクチンや治療薬が開発されない限り、常にウイルス感染のリスクにさらされます。これから「ウイルスから身を守る生活習慣」を身に着けていかなければならないということです。

フランスでは穏やかな散歩日和が続いています。天気がよいのに家に閉じこもっているというのは、住宅事情や家庭事情などさまざまな理由から、決して安易なことではありません。

外出制限措置発表後、フランス全土で1350万件の検問が実施され、80万件の違反が確認されています。

ロックダウンについて賛否両論ありますが、外出制限措置が講じられている以上、「STAY HOME STAY SAFE SAVE LIVES」です。

マスクや殺菌ジェル、PCR検査といったインフラが整備され、外出制限措置が解除されるまでの「辛抱」の一言に尽きます。リヨンの最新情報をお届けできずに申し訳ない思いでおります。もうしばらくお待ちください。

今は何よりも、ワクチンや治療薬の開発、ウイルスの終息により、誰もが安心して安全に外出できる、旅ができる日が戻ってくることを願うばかりです。

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フランスのリヨンから北西に35kmほど離れた場所に「サント・マリー・ド・ラ・トゥーレット修道院(Couvent Sainte-Marie de La Tourette)」があります。モダニズム建築の巨匠と讃えられた建築家ル・コルビュジエ(Le Corbusier)の傑作のひとつです。

ル・コルビュジエは、彼が1920年に創刊した雑誌『レスプリ・ヌーヴォー(L'esprit nouveau)』への執筆を機に用いるようになったペンネームで、本名はシャルル=エドゥアール・ジャンヌレ=グリ(Charles-Edouard JEANNERET-GRIS、1887年-1965年)といいます。フランスとの国境に近いスイスのジュラ地方にある町ラ・ショー・ド・フォンで生まれました。ラ・ショー・ド・フォンといえば、タグ・ホイヤーやジラール・ペルゴなどの高級時計メーカーが本社を置くスイス時計産業の中心地です。ル・コルビュジエは、時計職人の次男として家業を継ぐために地元の装飾美術学校に通いますが、彼の関心は絵画や写真、建築に向けられていきました。

1908年、当時20歳のル・コルビュジエはパリに赴き、鉄筋コンクリート建築の先駆者オーギュスト・ペレ(Auguste PERRET、1874年-1954年)と出会います。オーギュスト・ペレは第二次世界大戦のノルマンディー上陸作戦で破壊されたフランス北西部の都市ル・アーヴルを再建し、20世紀における都市計画の優れた例証として高い評価を得た建築家です(2005年にル・アーヴルの町がユネスコ世界遺産に登録されています)。「コンクリートの父」と呼ばれ、フランスの近代建築史で重要な役割を担ったペレについては別の機会に触れさせていただきますね。そのペレが、ル・コルビュジエのデッサン画をみて、建築学の専門的な教育を受けていないル・コルビュジエの潜在的な才能を見抜き、すぐに事務所で働くようにとすすめ、製図工として雇いました。ペレはル・コルビュジエの美的センスを高めるようにと、フランスの中央山地に架けられたギュスターヴ・エッフェル(Gustave EIFFEL、1832年-1923年)設計のガラビ橋やアンリ・ソヴァージュ(Henri SAUVAGE、1873年-1932年)設計のパリの建造物、トニー・ガルニエ(Tony GARNIER、1869年-1948年)設計のリヨンの建造物を見せたそうです。1910年、ル・コルビュジエは、インダストリアルデザイナーとして名高いペーター・ベーレンス(Peter BERHRENS、1868年-1940年)の事務所にも籍をおき、建築を実践のなかで学んでいきました。

1911年から半年かけて、ル・コルビュジエは、プラハ、ウィーン、ブダペスト、トルコ、ギリシャ、イタリアを旅します。この旅で見たものは水彩やクロッキーで描き、感じたものは手帳に綴り、後にル・コルビュジエの創作活動におけるインスピレーションの源になっています。『東方への旅(Voyage d'Orient)』と題して出版されています(SD選書から翻訳本が出ています)のでぜひご一読を!

1922年、従兄弟のピエール・ジャンヌレ(Pierre JANNERET、1896年-1967年)とともに建築事務所を構え、1923年、『レスプリ・ヌーボー』誌などに掲載した自らの記事をまとめた著作『建築をめざして(Vers une architecture)』を出版(SD選書から翻訳本が出ています)し、ル・コルビュジエは世界中の建築家の注目を浴びるようになりました。とくに本書の「住宅は住むための機械である(Une maison est une machine à habiter)」という言葉は、ル・コルビュジエの建築思想を代表する名言としてよく引用されます。

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「ラ・トゥーレット修道院」は、1952年にドミニコ会修道院のル・クチュリエ神父から、戦時中に修道会が購入したリヨン郊外の敷地に、「伝道する修道士のための瞑想、学び、祈りの場」としての修道院を建てて欲しいという依頼を受け、ル・コルビュジエが手がけた宗教建造物です。

修道士の僧房、教会堂、回廊、参事会室、図書室、食堂、厨房、アトリウムなどから構成されています。

緩やかな斜面に建てられた修道院は、ピロティと呼ばれる柱構造で地上からの高さを調整し床面が水平になっています。

修道院の入口前に、鳥居のような形をしたコンクリート造の門があり、俗世から聖域に入る儀式のように、その門を通り抜けて中に入ります。

エントランスは3階部分に位置し、教会堂、アトリウム、食堂は中庭を囲む廊下で繋がっています。

ル・コルビュジエは、「コの字型」に囲む矩形の建物と教会堂で中庭を造りだし、修道院の回廊と中庭という伝統的な修道院の建築様式に新しい解釈を与えたのです。

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廊下の中庭側は、「波動式ガラス壁」になっていて、全面のガラス壁にコンクリート製のマリオンが波のように配置されています。「波動式ガラス壁」は、ル・コルビュジエが「新しい建築の5つの要点(通称、「近代建築

の五大原則」)」で提唱する「水平連続窓」の応用で、「モデュロール(Modulor)」の比率に従って窓ガラスとマリオンが波打つように複雑に配置されています。「モデュロール」という言葉は、ル・コルビュジエ建築でよく目にしますが、フランス語の寸法(module、モデュール)と黄金分割(section d'or、セクションドール)を組み合わせたル・コルビュジエの造語で、人体の寸法と黄金比から建造物の基準寸法を決定するシステムです。「モデュロール」は、ル・コルビュジエの弟子で建築と数学を専門とし、後に音楽家として知られるヤニス・クセナキス(Iannis XENAKIS、1922年-2001年)の発案で、ラ・トゥーレット修道院の「波動式ガラス壁」も彼によって実現しました。窓から差し込む自然光が床面に落とす直線的な影は、常に角度を変えて「リズミカル」な動きをみせ、クセナキスの「音楽的センス」と、計算された芸術性が感じられます。

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食堂は直方体の広々とした空間に、太い円柱が配置され、伝統的な教会の身廊を想起させ、「波動式ガラス壁」の幾何学的模様が、抽象画家ピート・モンドリアン(Pieter MONDRIAN、1872年-1944年)の作品『コンポジション』を彷彿とさせます。

全面のガラス壁から明るい光が差し込み、窓の外にのどかな田園風景が広がっています。開放感に溢れた空間で修道士の団欒の様子が目に浮かぶようです。

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教会堂は一切の装飾を排し、打ち放しのコンクリート壁に囲まれた巨大な箱のような空間となっています。上部のスリットや水平窓、「光の大砲」と呼ばれる天井から斜めに突き出した筒形の開口部から差し込む自然光によって、コンクリート壁で囲まれた暗い内部空間に明暗のコントラストが生まれ、外光の強度や角度が季節や天気、時間によって変化することで、光と影の立体的な美しさが加わります。教会堂に足を踏み入れると、厚い石の壁からできたロマネスク教会に身をおいたときと同じ興奮を覚え、崇高で神聖なる空間にいることを肌で感じます。

ル・コルビュジエは、ラ・トゥーレットの設計にあたり、南仏プロヴァンス地方にあるシトー会派の「ル・トロネ修道院(Abbaye du Thoronet)」を訪れ、深い感銘を受けたそうです。ル・トロネ修道院は人里離れた丘のふもとの傾斜地に石のみを建築材料に建てられ、内部も外部も装飾を排し、石の壁の重々しい空間のなかに差しこむ光と影が神聖なる空間を生み出しています。なるほどです。ラ・トゥーレット修道院の原点がそこにあります。

ル・コルビュジエが追及した近代建築は、確かに伝統から切り離された機能主義や合理主義を信条としていますが、宗教建築作品を見る限り、それは伝統建築の否定ではなく、鉄、コンクリート、ガラスといった工業生産による建築資材を用いて、石造りやレンガ造りではできなかった建築表現を実現し、民族、地域、宗教を超えた普遍的なスタイルを確立しようとする新しい試みであったと、勝手な解釈ですが、自分なりに納得しました。

そうはいっても、当時、この斬新な建築物を受け入れるドミニコ会の伝統にとらわれない自由なエスプリに驚きと敬意を覚えます。

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ラ・トゥーレット修道院は、2016年にル・コルビュジエ建築作品として世界遺産に登録されました(正式な登録名称は「ル・コルビュジエの建築作品 -- 近代建築運動への顕著な貢献 -- 」)。

ドミニコ会派の修道士の案内で内部見学が可能です。

修道士の僧房は残念ながら見学できませんが、宿泊することが可能です。部屋の広さは「モデュロール」によって最小限の空間に計算され、幅1.83m(身長6フィート、つまり183cmの男性の立位寸法)、奥行き5.92m、高さ2.26m(身長183cmの男性が片手をあげたときの高さ)で設計されています。洗面器と簡素な家具が備え付けられ、バルコニーからは美しい自然景観を楽しめます。ちなみに家具は竣工当時のまま変わっていないそうです。

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【ラ・トゥーレット修道院(Couvent de La Tourette)】

・住所: 69210 Eveux-L'Arbresle France

・電話番号: +33 (0)4 72 19 10 90

・見学日: 土曜日・日曜日(7月、8月は毎日)

・見学時間: 14:00および14:45

・夏季見学時間(7月、8月): 月曜~土曜日 10:00、14:30、16:00/日曜日 14:30、16:00

・見学料: 大人€8

・見学所要時間: およそ1時間30分

・備考: 見学は修道士の案内で行われます。年末年始、行事のある日は見学できません。個人参加の場合、見学の予約は不要です。見学開始の15分前までに受付にて申込みが必要です(英語可)

・アクセス: リヨン・パールデュ―(Lyon Part-Dieu)駅からローカル線でラルブレル(L'Arbresle)駅下車(乗車時間30分)、「Couvent La Tourette」の標識に従って徒歩30分。

【お断り】

フランス国内における新型コロナウイルス(COVID-19)の加速度的拡大を受けて、2020年3月14日付けアレテ(省令)の発効により、飲食店、ショッピングセンター、展示ホール、美術館・博物館、視聴覚・会議室・多目的ホール、ダンスホール、屋内スポーツ施設が閉鎖されています。

開館日、開館時間等の情報は、新型コロナウイルスによるロックダウン前の情報になります。

筆者

フランス特派員

マダムユキ

リヨン在住20年以上。フランス各地の魅力を文化・芸術・建築・食を中心にお届けしたい。

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