フランスのリヨンで、異才の日本人シェフのこだわりのフランス料理を堪能する

公開日 : 2020年03月19日
最終更新 :

【フランス リヨン便り n°13】

フランス リヨンの第7区は、ローヌ川の左岸、リヨン第3区とリヨン第8区と隣接し、リヨン第2大学、リヨン第3大学、リヨン高等師範学校などのキャンパスが置かれ、学生たちでにぎわう地区です。コンサート会場や見本市会場に使用されるトニー・ガルニエ・ホール(Halle Tony Garnier)、リヨンのプロサッカーチーム、オランピックリヨネ(Olympique lyonnais)の旧ホームグラウンドのジェルランスタジアム(Stade Gerland)、河川水運の重要な役割を担うリヨン・エドゥアール・エリオ港(Port de Lyon Edouard Herriot)もこのリヨン第7区にあります。

住民8万2000人ほどのこの地区に1999年1月25日、リヨンで最初の日本人オーナーシェフによるフランス料理店がオープンしました。今から21年前です。今日ではパリをはじめリヨンでも、日本人シェフの活躍が注目されていますが、当時、フランス料理店を経営する日本人は稀な存在でした。今回、家族の誕生日を祝って、今年で21年目を迎えるフランス料理の老舗「アン・メ・フェ・ス・キル・トゥ・プレ(En Mets Fais Ce Qu'il Te Plait)」を訪ねてみました。

ところで、「アン・メ・フェ・ス・キル・トゥ・プレ(En Mets Fais Ce Qu'il Te Plait)」は、フランス語で「料理は好きなものを作りなさい」という意味なのですが、フランス人が店名を聞くと「なるほどね」と笑みを浮かべます。フランスの4月の天候不順を表現した「En Avril, ne te découvre pas d'un fil. En Mai, fais ce qu'il te plaît(アン・アヴリル、ヌ・トゥ・デクゥーヴル・パ・ダン・フィル。アン・メ、フェ・ス・キル・トゥ・プレ)」、直訳すると「4月は薄着はしないように。5月はお好きなように」ということわざがあり、「韻を上手に踏んでいるね」という訳です。

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リヨン第7区のローヌ川沿いから東に向かって1kmほど延びているシュヴルル通りの一角に、石田克己氏がオーナーシェフを務める「アン・メ・フェ・ス・キル・トゥ・プレ」があります。控え目な店構えで、ドアを開けると自宅に招かれたような温かみを感じます。「お好きな席へどうぞ」と案内されたメインダイニングは、シュヴルル通りに面して配された大きなガラス窓がとても印象的で、燦燦と差し込む自然光を浴びながらのランチにも、窓に映るナイトライトのムーディーなディナーにも、ナチュラルな空間演出を楽しめます。

窓辺に並べられているのは自然派ワインのボトル。そういえば、石田シェフがリヨンで最初に自然派ワインをワインリストに取り入れたそうです。

「自然派ワイン」「ナチュラルワイン」「有機ワイン」と呼び方はいろいろありますが、「自然派ワイン」あるいは「ナチュラルワイン」は、仏語で「ヴァン・ナチュール」と呼ばれ、可能な限り自然に寄り添い、ぶどう本来のおいしさを最大限に引き出して造られたワインをいいます。「有機ワイン」との違いは、「化学肥料や化学薬品を使用しない」という農業法だけでなく、自然の力によってテロワールの魅力やぶどう本来が持つおいしさをいかに引き出すかという生産者の自然に対する哲学にもとづいて、ぶどうの栽培からワイン醸造まで行われていることです。例えば、ぶどうは有機栽培で育てられ、醸造においては、微生物の活動を抑制するために使用される亜硫酸塩の使用量を極力抑え、発酵を促すための培養酵母は天然酵母を使うなど、土地や環境、人間の健康を第一に考えて造られているのが自然派ワインなのです。昨今の自然派志向のトレンドに平行して、色合い、香り、味わいにおいて、造り手の個性や人となりが明確に表れる自然派ワインは、日本でもフランスでも人気が高まっています。

この「自然派」と称されるワインの原点を築いたのは、リヨンの近郊、ボージョレ地方のヴィリエ・モルゴン村でドメーヌを営む醸造家マルセル・ラピエール(Marcel Lapierre)氏。「自然派ワインの父」「自然派ワインの巨匠」と呼ばれ、ラピエール氏に共鳴した自然派ワインの生産者がフランス国内のみならず世界中で活躍し、自然派ワインを広めています。マルセル・ラピエール氏は2010年に60歳の若さで亡くなられ、現在、息子さんのマテュー・ラピエール(Mathieu Lapierre)氏がドメーヌを引き継いでいます。偉大なる父マルセル氏の哲学を継承し、土地の個性やテロワールの魅力を最大限に引き出して、果実の華やかな芳香と繊細でありながら濃密な味わいを醸し出す、ボージョレワインのイメージを覆すすばらしい自然派ワインを産出しています。

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自然派ワインにこだわる石田シェフ。それはワイン選びだけではなく食材選びにも、さらには完成品としてのフランス料理にもフランス料理に向き合う姿勢にも、シェフとしての石田氏のこだわりがうかがえます。

机上の理論は別として、石田シェフの料理を食してみれば、「料理は好きなものを作ればいいよ」という店名がすべてを物語っていることにうなづけます。

この日のメニューはシェフのおまかせ。

アミューズブーシュ(日本でいえば"つきだし"でしょうか)は、アルバ産白トリュフオイルで風味づけしたポテトのエキューム。白トリュフといえば、食卓のダイヤモンドと称される世界三大珍味のひとつ。なかでも、イタリア・ピエモンテ州のアルバ産の白トリュフは世界の美食家に愛される最高級品! 魅惑的な芳香を放つ白トリュフオイルとじゃがいもという日常の食材のマリアージュは感動の一品です。

前菜は、薫り高いハーブでゼリー寄せしたブレス産うさぎ肉のテリーヌ。日本ではあまり見かけませんが、淡白で脂身が少なく、癖がなくて食べやすいうさぎの肉。石田シェフのうさぎ肉のテリーヌは絶品。繊細なうさぎ肉がハーブゼリーと絡み合い、口全体においしさが広がります。うさぎ肉を食べ慣れていない方も舌鼓を打つこと間違いなし。

メインに魚料理と肉料理の2種類が用意されていました。

魚はスコットランド産の有機サーモンの蒸し焼き。ビーツとオレンジの2種類のソースが添えられます。ビーツはカブのような形をしていて、切り口は鮮やかな赤色。フランス語でベトラーヴといい、茹でたビーツをニンジンの千切りとあわせ、ビネグレットソースで和えてサラダとして食べたりします。石田シェフはビーツとサーモンのマリアージュを楽しみます。神業といえる絶妙な調理加減で仕上げられたサーモンは、ソースなしでそのまま食してもおいしく、そこに甘みのあるビーツと酸味のあるオレンジソースを絡めてみると、頬が落ちそうなほどにおいしさが倍増!フランス料理はソースが命であることを改めて認識しました。

肉料理はブレス産プーラルドのロースト。焼汁とフォワグラのソースが添えられ、セロリラブ(セロリアック)のピューレと一緒に食します。プーラルドは肥育鶏で、特別に太らせ脂肪が多い雌鶏ですが、石田シェフはブレス産の地鶏を仕入れていました。

ブレス鶏は特有の肉質と風味で世界中の美食家を魅了する世界最高級の地鶏です。リヨン北東のブレス地方(アン県、ソーヌ・エ・ロワール県、ジュラ県)で飼育され、フランスの食品品質保証制度の厳格な基準を満たす原産地統制名称(A.O.C.)を取得したものだけがブレス鶏と名乗ることができます。

ローストされた鶏皮のパリパリ感、瑞々しくも濃厚な風味、とろけるような食感で軽めに仕立てたフォワグラソースがブレス鶏の繊細な肉質を引き立てます。

チーズの盛り合わせとデザートにもこだわりが見られます。リヨンの南、アルデシュ地方で作られたヤギのフレッシュチーズに添えられたオリーブオイル。酸度が抑えられ、濃厚で薫り高いオリーブオイルは目の覚めるようなおいしさで、フレッシュチーズに絶妙なアクセントを与えています。

デザートはクリームヨーグルト、ドライフルーツケーキにビオアイスクリーム添え。クリームヨーグルトに庶民のフルーツ、子供が好きなバナナが入っていました。まろやかなクリームヨーグルトと一緒にバナナが口の中であわさった瞬間、『失われた時を求めて』でマルセル・プルースト(Marcel Proust)が描写したマドレーヌケーキのごとく、懐かしい「無意識的記憶」の感覚に浸ってしまいました。

最後は特別注文したバースデーケーキ。お客様一人ひとりに、石田シェフがどれほどの愛情を込めて料理されているか、シェフ特製のバースデーケーキで一目瞭然で伝わってきます。

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石田シェフは、その風貌と風格から、一度会ったら忘れられない人物です。石田シェフの料理も一度食したら忘れることができません。リピーターが多いというのも納得です。ランチは地域の人でにぎわいますが、ディナーはパリをはじめ、ベルギーやスイスなどのヨーロッパからのリピーターで席が埋まってしまうそうです。ランチもディナーも事前の予約をおすすめします。

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【アン・メ・フェ・ス・キル・トゥ・プレ(EN METS FAIS CE QU'IL TE PLAIT)】

・住所: 43 rue Chevreul 69007 Lyon France

・電話: +33 4 78 72 46 58

・URL: https://www.enmetsfaiscequilteplait.com

・営業日時: 月曜~金曜 12時~14時、20時~22時/土曜 20時~22時

・定休日: 日曜

【お断り】

フランス国内における新型コロナウイルス(COVID-19)の加速度的感染の拡大を受けて、2020年3月14日アレテ(省令)の発効により、飲食店、ショッピングセンター、展示ホール、美術館・博物館、視聴覚・会議室・多目的ホール、ダンスホール、屋内スポーツ施設が、2020年4月15日まで閉鎖されます。

筆者

フランス特派員

マダムユキ

リヨン在住20年以上。フランス各地の魅力を文化・芸術・建築・食を中心にお届けしたい。

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