赤いポピーで街が染まる〜第一次大戦終戦100周年記念〜
イギリスでは毎年秋になると、第一次世界大戦で亡くなった人達を追悼する為に、赤いポピーのモチーフを胸に挿した人が増えます。今年も10月下旬には関連グッズの販売が開始され、駅やスーパー、学校でも生徒達が売り始めたりと、色のせいもありますが日本の赤い羽根募金を想い起こします。今年は既にこの現象を知っていたので心の準備ができ、それにまつわる情報もいくつか目にし、余裕を持って11月11日の全国追悼式の当日を迎える事ができたのですが、去年は全くの無知で、突然街中が赤一色に染まったような現象に戸惑い、テレビをつけてもアナウンサーまでもが皆、胸に何か赤いモノをつけていたので度肝を抜きました。
この民主主義の近代国家にあって、何?この北朝鮮っぽい動きは⁈と、正直不気味でした。人に聞こうにも、そもそもあの赤いモノが一体何かも不明だったので、聞きようもなくしばらく悶々としていたのですが、アレは終戦後の焼け野原にポピーだけが力強く生き残り、一面花畑になる程の花を咲かせた事に由来するそうです。
以降、戦争犠牲者を慰霊する象徴となり、ブローチなどのグッズが売られ始めるのですが、これは英国在郷軍人会による募金活動の一つで、売上は英軍関係者の支援に使われます。今年は終戦100周年に当たる為、更に大々的に式典などが催されました。我が家も、息子のボーイスカウトの行事として、教会での追悼式に参加してきました。
1918年11月11日午前11時、敗戦国ドイツと勝者となった連合国の間で休戦協定が結ばれました。こちらの式典もその時刻に合わせ、10時58分からテレビ中継の画面がスクリーンに映し出され、起立して待機した後、11時から一分間黙祷してから着席しました。その後は休戦協定当日の様子などについての話がありましたが、11時を目前にして、大戦最後の戦死者となってしまった各国それぞれの兵士が、何時何分、どのようにして犠牲になったかという話が披露されました。停戦実施前わずか60秒前にドイツ兵に撃たれてしまったアメリカ兵、実施後だったにも関わらず、それをまだ知らなかったアメリカ兵に撃たれてしまったドイツ兵、なんと勿体無い事か。
最後に、牧師さんは「忘れてしまうと悲劇はまた繰り返される。だから私達は決して忘れない。」と言われた事が胸に響きました。そうか、犯罪や災害なども、だから風化させてはならないのか。「同じ過ちを繰り返さぬよう・・」、日頃何かと耳にするこの類の言葉はその為にあるのか、とすんなり腑に落ちました。私はここでは外国人なので該当しないはずですが、街中が赤に染まり、ブローチをつけていないと非国民のような気がして、試されているかのようなこの現象に少々困惑していましたが、今回式典に参加してみて、日本で言えば8月に全国的に周知される、原爆の日にとても近い雰囲気だな、と感じました。そう考えれば自然と気持ちがより引き締まり、在住者として今後もこの習慣を尊重しなければ、と思いました。
筆者
イギリス特派員
パーリーメイ
2017年よりロンドン南部で家族と暮らしています。郊外ならではのコスパのよいレストラン、貴族の邸宅、城めぐり、海沿い情報などが得意です。
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