ベ-ト-ベン第九の歌詞が書かれた、ライプツィヒのシ-ラ-ハウス!
日本で年末恒例のクラシック音楽といえば、ベ-トベンの第九交響曲。
とりわけ最後の合唱部分は、誰もが口ずさむことができるほど有名な曲ですよね。
その合唱部分の歌詞は劇作家で詩人のシラ-が作詞したもので、実はシラ-がライプツィヒ滞在時に書いたものなのです。(画像はすべて、ライプツィヒ・シラ-ハウス所属の歴史博物館から掲載許可を得ております。)
ライプツィヒの中心部からトラムで10分ほどのところにある、ゴ-リス地域。
その一角にシラ-が当時滞在した小さな農家の家が残っており、シラ-ハウスとして見学できるようになっています。
この建物はもともとは1717年に建てられた古い農家の建物でした。
当時軍医の仕事を辞めて、マンハイムの劇場で劇作家として従事していたシラ-は、
劇場との契約を延長できず、また借金の返済にも行き詰まり、失意の日々を送っていたところ、ライプツィヒの4人の人物から招待されたのをきっかけに、シラ-はライプツィヒに滞在。25歳だったシラ-は、この農家の家に1785年5月から9月までの5カ月間を過ごしました。
実際に過ごしていた部屋は、2階の角の部屋。
中に入って2階に上がって左の部屋です。
この部屋の床は当時のまま。300年以上の年月が経っていますから歩くとミシミシと軋みます。
この部屋で、1785年に第九の合唱部分の歌詞、An die Freudeを作詞しました。
マンハイムでの失意の毎日と打って変わって、ライプツィヒでは自分を受けれてくれる人々に囲まれ、自分の考えを自由に表すことができる喜びの毎日だったそうです。それは彼の詩の中にも表れており、第九の歌詞の有名な部分、「すべての人々が兄弟になる」といったところなど、当時としては革命的な考えだったそうです。
この歌詞をベ-ト-ベンが合唱部分に取り入れ、第九交響曲が1824年5月7日にウイーンで初演されたのです。
こちらはベ-ト-ベンが書いた楽譜のコピ-。
有名な下りの、「Freude, schöner Götterfunken,..」という箇所が下の方に見えますね。
シラ-が住んでいた部屋には、実際に使われていたものも展示されていますよ。
テ-ブル
洋服
ちなみに、日本でベト-ベンの第九が初めて演奏されてから今年でちょうど100年になります。毎年年末に演奏されるのが、今では恒例となっていますが、ドイツでは日本のように年末に演奏されることはあまりありません。しかしライプツィヒでは毎年大晦日にゲヴァンドハウスオ-ケストラを中心として演奏するのが恒例となっています。そして、ライプツィヒで大晦日に第九が演奏されるようになって、今年はこちらも、ちょうど100年になります。
クラシック音楽ファンの方必見の、ライプツィヒ観光名所のひとつです!
シラ-ハウス情報
Schillerhaus
Menckestraße 42
04155 Leipzig
開館時間
4-10月 10-17時 (月曜日休館)
11-3月 11-16時 (月、火曜日休館)
最寄りの駅
トラム4番 Menckestraße下車すぐ
筆者
ライプツィヒ特派員
シェーファー 玲子
2008年夏よりドイツ中東部の町ライプツィヒ在住。現在はライプツィヒにてフリーランスと主婦業に従事している。
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