2017夏・都大路を行く山鉾巡行。

公開日 : 2017年07月17日
最終更新 :
筆者 : Akio

17日は、祇園祭・前祭りの山鉾巡行でした。

祝日の巡行となり、沿道には22万人の人出。

(午前10時現在、京都府警調べ)。

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午前9時、先祭りの先頭を行く長刀鉾に、お稚児さんが鉾に乗込み

山鉾巡行は始まりました。

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音頭取りの「エンヤラヤー」 「ソーレ」の

掛け声とともに、動き出す鉾。

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四条通りを勇壮に進む23基の山と鉾。

四条通りは、京都の真ん中を走る東西の通り。

かつての平安京の四条大路にあたり

東は祇園の八坂神社の石段下から、西は松尾大社まで続いています。

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長い歴史の祇園祭。祭りの始まりは、平安時代の前期・869年。

各地で疫病が流行していた時、神に疫病を鎮めてもらう

願いを込めて始まったと伝わっています。

四条通りから河原町通りに入り、御池通りへと進む函谷鉾。

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山鉾の屋根の上に建つ「鉾に立つ槍」「山に立つ松」には、

疫病神が吸い込まれると言われています。

祇園祭は、七月の水害や災害・・そして疫病が発生した、この時期に合わせて行われています。

途中、応仁の乱や本能寺の変では順延。そして第二次大戦などで中断もありましたが、

その度に町衆の力で復興し、現在まで千年以上続くお祭りとなっています。

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河原町三条では舞妓さんのご挨拶。

だらりの帯柄は、長刀鉾と船鉾に松。

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動く美術館と言われる祇園祭り。

孟宗山の左胴懸は平山郁夫画伯「砂漠らくだ行・日」

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コンコンチキチン コンチキチン

祇園囃子がビルの街に響きます。

河原町御池を行く月鉾。

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道幅が広い御池通りから、道幅のとても狭い新町通りに

巡行の先頭の長刀鉾が帰って来ました。

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コンコンチキチン コンチキチン。

目の前を鉾が通って行きます。

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以上、17日の前祭り山鉾巡行でした。

この後、祇園祭は十八日からは、後祭りの山鉾建てが始まります。

山鉾曳き初めは二十日から二十一日。後祭り宵山は二十三日。

二十四日は、後祭り山鉾巡行と花傘巡行と還幸祭。

コンチキチンの音が京の町に響きます。

筆者

京都特派員

Akio

京都は平安京の頃から、今に至るまで様々な歴史が残っている町。歴史と季節を訪ねながら京都特派員ブログを、綴って行ければと思います。

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