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醍醐の桜

カテゴリー:旅行・ツアー・ホテル 投稿日:2011年4月 4日

伏見の醍醐寺です。
醍醐寺と言うと 豊臣秀吉が 花見を行った寺院として有名です。

今では 桜の季節に「お花見」は 当たり前のように なっていますが
花見が庶民の間に知れ渡る きっかけとなったのは 豊臣秀吉による
「醍醐の花見」だったと伝わっています。

この日 抜ける様な 青空が 広がっていました。

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慶長3年3月15日(1598年)豊臣秀吉は 醍醐寺において、豊臣秀頼、北政所、淀殿ら
近親の者を はじめ・・・・諸大名や配下の者など 約千三百名を従えて
一日限りの 花見の宴を行いました。

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世に伝わる 日本史上最大の花見と 言われる 『醍醐の花見』でした。

花見の日・・伏見城から繰り出した 行列は 約四キロにも なったと言われています。

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その日の 宴の席順も 書物に残されていて、一番目に北政所、二番目に淀殿、
三番目に松の丸殿、四番目に三の丸殿、五番目に加賀殿、その後に 
側室ではないものの 長く付き合いのある まつ(前田利家正室)が続いたと
記録されています。

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宴会の席では、正室である 北政所の次に杯を受けるのを 淀殿と 松の丸殿が争い、
まつが その場を うまく取りおさめた という話が 伝わっています。


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縁のある人達と 諸大名や配下の人達・・・・・1300人を 従えてのお花見
さぞかし 華やかな宴だったのでしょうね。

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五三の桐の家紋が 桜の中に 浮かび上がっていました。

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この花見で詠まれた秀吉の 和歌は 今も 残されています。

『 名もしらぬ 桜は寺を あらわして いつか忘れん 花のおもかげ 』


秀吉の「醍醐の花見」は、慶長3年(1598年)3月・・・秀吉(62歳)の年でした。
秀吉は この 花見の為に 近畿各地から 七百本もの 桜を植えさせています。


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醍醐寺は 秀吉の 花見・・・・『醍醐の花見』で有名な 寺院になりました。
秀吉が亡くなった後・・・・・・・豊臣の家臣達は 各地に 
素晴らしい桜を 残したとも伝わっています。


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この日 醍醐寺の空は 雲一つない晴天の空でした。

晴天の下に 咲いた桜は・・・・・・・・・・・・

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カメラにも 収まりきらない 存在感で・・・

これぞ 『醍醐の桜』と言う 素晴らしい桜でした。

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仕事は着物や和のデザイン。着物、帯、振袖のデザインが中心で、古典模様から琳派模様など、日本の今の模様を作っています。
趣味は競泳で、試合にも時々出ます。近所には桂離宮や嵐山があり、時間があればカメラと共に寺院や景色を巡っています。
京都は平安京の頃から、今の時代まで様々な歴史が残っている町。春夏秋冬・・・歴史と季節を訪ねながら特派員ブログを、綴って行ければと思います。 DISQUS ID @disqus_YGXxySyYFR

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