巡礼の季節

公開日 : 2000年02月07日
最終更新 :

「ハッジ!???」

思わず大声を出してしまったので、オフィスの皆が振り向いた。

ヤルチンさんはあるメーカーの総務部長で、時々日本人技術者の通訳という仕事依頼がある。

うちの会社にとってはいいお客様だ。しかし、今日電話に出た秘書嬢は丁寧なトルコ語でこういったのだ。「ヤルチンでございましたら、巡礼のため退社いたしましたが...」

ラマザンバイラム(砂糖祭)から3月16日犠牲祭までの間は、確かに巡礼のシーズンといわれる。サウジアラビア航空が料金表を送ってきていた。イスラム教徒であるトルコ人は、一生のうち一度は(事情が許すなら)聖地メッカを訪れなければならない。そして巡礼を終えて帰ると、ハッジという尊称で呼ばれることになる。

もちろんそんな程度の知識ではあるが、知ってはいた。が、実際知ってる人がハッジに行ったのははじめてである。しかもヤルチン・ベイ(さん)である。ヤルチンベイはスイス育ちの理論家で奥さんは外国人だったはずだし、もはや子供たちのトルコ語はおぼつかない。そういうトルコ・イスラム臭さを微塵も感じさせない人だったのた。とても意外であった。

知り合った時点で既にハッジだった人は何人かいる。私のまわりのハッジは、たいていはおじいさんで、白い帽子をかぶっている。アパートの隣人。友人のおとうさん。イスラム教徒でなければ入れないカーバ神殿の写真を家に飾っていて、人々が埋め尽くした広場に指で自分の軌跡をたどる。「ここは段になっていてね、私たちはこの方角から入って、人々に加わったの。ここには水道管が巡らされていてね、聖水を飲んだわ。」奥さんが、チャイを飲みながら事細かに説明してくれた。私にとってはなんとなく現実離れした話ではあったが、彼らの誇らしげな様子は微笑ましかった。そのハッジはとても親切で、私たちは何度もお世話になった。お礼を言って手を差し出すと、ハッジはとても丁寧に握手を断った。女性には触れられない、という。彼は、私が気分を害したのではないかと気にしていたが、私は酒もタバコも決して飲まない彼のハッジたる誇りとその徹底ぶりにあらためて感心したのみだった。

白い帽子をかぶった人に握手を拒否されたら、どうか誤解しないで。彼はとても清廉なハッジなのかもしれないから。

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