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歴史を映し出す「地図の博物館」~ゼンリンミュージアム

カテゴリー:文化・芸術・美術 投稿日:2020年6月21日

こんにちは、「地球の歩き方」福岡特派員のDukeです。今日は、北九州市に本社を置く住宅地図のトップメーカー「ゼンリン」が運営するゼンリンミュージアムを紹介します。
ゼンリンミュージアムは、国内外から収集した貴重な資料である古地図や説明パネルなど約120点を展示する「歴史を映し出す地図の博物館」で、本来は「地図の日」の4月19日(伊能忠敬が最初の測量を行った日)に合わせて開館する予定でしたが、新型コロナウイルスの感染拡大のため延期となり6月6日にオープンしました。
今回、「地球の歩き方」福岡特派員ブログへの掲載を快くご承諾いただき、展示資料の詳しい説明や時代背景、地図の楽しみ方、地図を通して伝えたい思いなどについて詳しく解説していただきましたので概要を報告します(写真撮影についても、特別に許可をいただきました)。

ゼンリンミュージアムはリバーウォーク北九州14階にあり、国道199号線(勝山通り)側の朝日新聞西部本社入口から入ります。 20Zenrinmusium01.JPG

《ミュージアムのコンセプト》
古来から人類が作ってきた地図は、人々の営みや当時の世界観を映し出すもので、1枚の地図の向こうには、有史以来人類が辿り織りなしてきた歴史があります。ゼンリンミュージアムでは、単に地図を読み取るだけではなく、その先にある人類の歴史物語に思いを馳せることで、地図の楽しみやおもしろさを伝えることを念頭に展示が行われています。このため、Zキュレーターと呼ばれる5人のスペシャリストが館内に常駐し、地図が作成された意義や時代背景などについて説明を受けることができるそうです(ただし現在は、新型コロナウイルス感染拡大防止のためZキュレーターによる展示説明は中止されています)。

《イントロダクション》

初期の地図は必ずしも事実や実測に基づくものではなく、不確かな伝聞やその時代の世界観に基づいて世界地図が作成されていました。地図は文字よりも歴史が古く、紀元前700年頃に作られた「バビロニアの世界図」が現存する世界最古の地図と言われています。この「バビロニアの世界図」からミュージアム見学はスタートします。この時代は人々が認識していた世界が狭く、目で見える範囲のものが世界のすべてであり、平面の端には「果て」があるとする円盤型世界観に基づいていました。
そのあと、古代ギリシャ時代になるとより科学的な地球球体説が唱えられ、ローマ時代を経て地理学は急速な進歩を遂げます。2世紀半ばにプトレマイオスが著わした『ゲオグラフィア』の世界地図には、アフリカが赤道付近まで、東方はインドより先のマレー半島まで描かれていました。
しかし、キリスト教が広まるにつれて地球球体説は衰退し、宗教的世界観により著しく簡略化された地図(TO図)が普及します。この時代、地理学は後退を余儀なくされました。

《第1章 世界の中の日本》

西洋人が描いた日本地図の変遷を通じて、世界の中での日本の位置づけを考察するコーナーで、最も見ごたえのある展示品がずらりと並んでいます。
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マルコポーロの『東方見聞録』で日本は「黄金の国ジパング」として紹介されますが、西洋において日本が単独で地図に描かれたのは、15世紀から始まる大航海時代を経て、1528年、イタリア人地図製作者ボルドーネによる「日本図」が最初です。ただしこの図は、想像によって単に細長い島として描かれたもので正確性はありませんでした。その後(1543年)、ポルトガル船の種子島漂着以降、キリスト教布教活動や南蛮貿易を通じて、想像ではなく実在の国「ジパング」が世界に知られるようになり、世界地図に描かれるようになりました。
こちらは、オランダのリンスホーテンによる『東方案内記』に収録された東アジア図(1995~96年)。
当時、ヨーロッパの東方貿易を独占していたポルトガルの海図(機密情報)を写したものと伝えられています。『東方案内記』はヨーロッパ各地で出版された結果、予想されたほどにはポルトガルの支配が及んでいないことが明らかとなり、オランダ・イギリスによるアジア進出が活発化するきっかけとなりました。日本は地図の左上部分、エビのような形で描かれています。
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こちらも同じ時期に、ベルギーのアブラハム・オリテリウスが刊行した『世界の舞台』増補版に掲載された「日本図」で、西洋で初めて本州・四国・九州が比較的正確に描かれた地図と言われています。しかしこの時代、日本の北方領域はまだ未知の世界でした。
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1605年刊行のパウルス・メールラ『Cosmographia』に収録された両半球世界図。極東に日本が描かれていますが、それと併せて、枠外にリンスホーテン「東アジア図」の日本地図が複写されています。
日本では関ヶ原の戦いが終わり、江戸幕府が誕生(1603年)して間もない頃の地図ですが、マゼランの世界周航(1519~22年)によってヨーロッパの世界観は大きく変わり、南北米大陸やマゼランにちなんだ未知の南方大陸"MAGALLANICA"などが記されています(オーストラリア大陸は未発見のため描かれていません)。当時の西欧諸国と日本の世界観の隔たりが感じられる地図です。
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16世紀後半、2年間日本に滞在したポルトガル人、イグナシオ・モレイラが鹿児島から京都まで測量し、各地の大名から情報を集めて作成した「日本図」(1617年)で、世界で初めての実態に近い日本地図と言われています。これは、モレイラの地図を基に作られた銅版画ですが、結局企画された出版物が未刊のままとなったため、世界で1点しか見つかっていない貴重な資料だそうです。
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西洋で出版された書物なども、ケースの中に展示されています。
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この後、江戸幕府によるキリスト教禁教令や鎖国政策によって、ヨーロッパは日本の情報源を失い、地図はモレイラの「日本図」を頂点として、次第に正確性を失っていきます。
イギリスのロバート・ウォルトンが出版した「アジア図」(1657年)。地図の周囲には、当時の東方貿易の重要拠点やキリスト教宣教師の活動地であった10都市の民族と都市の鳥瞰図が装飾的に描かれています。
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オランダ人地図出版者ヘンドリック・ドンケルが製作した「東インド諸島海図」(1664年頃)。オーストラリア大陸の東側やニュージーランド、北海道を含む日本の北方領域はまだ地図上の空白部分となっています。
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《第2章 伊能図の出現と近代日本》
19世紀初め、その正確性で世界を驚かせた伊能図とその果たした役割について展望するコーナーです。
江戸時代後期、幕府の命を受けた伊能忠敬は、17年の歳月をかけて全国測量を行い、日本で初めて実測に基づく正確な日本全図を完成させました。当然ながら、伊能図は国防上の観点から機密扱いとされます。
1825年、オランダ商館付医師シーボルトは、この伊能図を持ち出そうとしたことから国外追放され、これに関連した幕府天文方・書物奉行の高橋景保はじめ十数名が処分されるという大事件に発展しました(景保は獄死)。しかし、伊能図の写しを持ち出すことに成功したシーボルトは、それを基に全7巻の日本研究書『日本』を刊行し、西欧において日本が知られるきっかけを作ります。
アメリカ東インド艦隊司令長官ペリー提督は、『日本』に収録された伊能図を研究し周到な事前準備を行った上で、1853年に浦賀に来航し江戸幕府に開国を迫りました。
幕府に代わって開国政策を引き継いだ明治政府は、富国強兵をスローガンに近代化を推し進めますが、ここでも伊能図は、近代日本の世界観を支える重要な役割を果たしました。
(床の地図は、『伊能中図 大日本沿海輿地全図 原寸複製』東京国立博物館所蔵)
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このコーナーには、シーボルトの『日本』に収録された「蝦夷と日本領千島絵図」や「九州図」、ペリー提督の日本遠征を記録した『ペリー提督日本遠征記』に収録された海図などが展示されていましたが、ワクワクしながら資料に見入ってしまったため、写真は撮り忘れました。伊能忠敬が残した足跡やその後の歴史を、ぜひご自身の目でご確認ください。

《第3章 名所図会・観光案内図・鳥瞰図の世界》

日本では、江戸時代になって庶民の間で旅行が盛んになりました。お伊勢参りに代表される寺社参詣などで人気を博したのが、街道図や道中記、名所図会などで、旅行案内書としての役割を担っていたと考えられます。こうした案内書に掲載される地図では、「正確性」よりもむしろ、もう一つの重要な要素である「実用性」が重視されるようになりました。第3章ではこのような背景から、地図上にさまざまな情報が掲載され、遠くまで見渡すような鳥瞰図の技法、独特の世界観が発達していく様子を俯瞰します。

《多目的展示室》

イントロダクションコーナーを抜けたところにある多目的展示室では、年間2~3回ほどの期間限定展示のほか、ギャラリートークや講演などが開催されます。常設展示品以外の収蔵品も随時公開されるとのことです。細部はウェブサイト上で周知されると思いますのでご確認ください。
現在は、常設展示「第1章 世界の中の日本」の歴史的背景として、日本図が作られていく過程で影響のあった「日欧交流」を、「貿易」と「キリスト教布教」の観点から紹介する拡張展示が行われています。

ミュージアム副館長でZキュレーターの新井啓太さん(モレイラの日本図の前で)。地図を通して、人々の営みや当時の世界観を感じてほしいと熱く語っておられたのが印象に残りました。 20Zenrinmusium09.jpg

入館者には、ゼンリンミュージアムのリーフレットやそれを挟むチケットホルダーなどのグッズがプレゼントされます。
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こちらは、「地図デザインに親しむ空間」というコンセプトの下、地図デザイン商品を販売する「Map Design GALLERY」(リバーウォーク北九州1階)。グッズだけではなく、16~19世紀に作られた西洋製の日本地図などのレプリカを購入することもできます。
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地図デザインのポストカード、トートバッグ、マグカップやステーショナリーをはじめ、ここでしか入手できないグッズも取り扱っており、見て回るだけでも楽しいショップです。私も、エンゲルベルト・ケンペル作「日本地図」のポストカードと、ドンケル作「東インド諸島海図」のトートバッグを買って帰りました。
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年代を感じさせる地図には、何ともいえないデザインの魅力がありますね。
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北九州エリアグッズのコーナーもありました。
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【ゼンリンミュージアム】
・住所: 北九州市小倉北区室町1-1-1 リバーウォーク北九州14階
・問合せ: 093-592-9082
・URL: https://www.zenrin.co.jp/museum/
・開館時間: 10:00~17:00(最終入館 16:30)
・休館日: 月曜(祝日の場合は翌日。このほか年末年始など臨時休館あり)
・入館料: 1000円(税込、保護者同伴の小学生以下は無料)
※新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、当面は入館者数が制限されます。
・アクセス: JR西小倉駅から徒歩5分、JR小倉駅から徒歩10分/
 バス(西鉄、市営バス)「室町リバーウォーク」下車すぐ

【Map Design Gallery】
・住所: 北九州市小倉北区室町1-1-1 リバーウォーク北九州1階
・電話: 093-482-3510
・営業時間: (月~木)10:00~20:00、(金~日、祝)10:00~21:00
※ただし、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、当面は10:00~19:00に短縮営業

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旅行、温泉、グルメが大好きな元転勤族。北は青森から南は沖縄、米国アルバカーキやハワイを含めると、ちょうど10か所での生活を体験しました。縁あって福岡県北九州市に落ち着いて、はや10年。福岡県は過ごしやすい気候と豊かな自然に恵まれ、水炊きやもつ鍋、豚骨ラーメンや北九州発祥の焼きうどんなど、美味しいものもたくさんあります。県外の方はもちろん、地元の方にも楽しんでいただけるよう、福岡・北九州の旬な情報を発信していきたいと思っています。併せて、「ルイガノ旅日記」もご覧いただければ幸いです。 DISQUS ID @disqus_l7uXZ8XrgH

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