33歳元タイ駐妻アスカさんが切り拓いた「働く駐妻」の生き方

公開日 : 2022年03月23日
最終更新 :
筆者 : 日向みく
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3年半のタイ駐在生活を経て、現在は東京のPR会社に勤務するアスカさん(アスカさん提供)

「夫の海外駐在が決まった。私の人生はどうなってしまうのだろう?」

配偶者の海外駐在に帯同する「駐妻」「駐夫」でキャリア断絶に悩む人は少なくない。専業主婦・主夫となりパートナーを支えるケースが多数を占めるからだ。 

そんななか、2017年に夫のタイ駐在に帯同するため退職するも、自ら就労ビザを取得し現地採用で2年働き、帰国後はタイでの経験を活かしてキャリアの幅を広げている女性がいる。現在東京で暮らすアスカさん(33)だ。

アスカさんはタイ行きを決断するまでにどんな葛藤に苦しんだのだろうか。バンコクで「働く駐妻」としての生き方を切り拓いた彼女に、そのプロセスや、帰国した今の心境について伺った。

「私の人生詰んだ!」葛藤のすえ帯同を決めたワケ

2017年8月、当時28歳のアスカさんは東京で働く会社員だった。転職して2年目を迎えた某政府機関での仕事が楽しく、プライベートも充実し、独身アラサー女子の生活を謳歌していた。

だが、その日は突然訪れた。2年付き合っていた恋人から、「タイ駐在が決まった。君についてきてほしい」と告げられたのだ。彼女にとってはまさに「晴天の霹靂」。当初は前向きになれず、彼との別れまでよぎったという。

「これまでの人生、大事なことはすべて自分の意思で決めてきました。私はキャリア志向でもない普通の会社員だったけど、働くことが心地良かったし、頑張った分だけ楽しむ余暇も好きでした。ちょうどやりたいことが見えてきた時期で、これから東京で挑戦したいこともたくさんあった。なのになぜ、恋人の都合でキャリアを手放し、やりたいことを諦めなきゃいけないのかと、どうしても納得できなかったんです」

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タイの人気観光地「メークローン鉄道市場」にて撮影(アスカさん提供)

未来が見えず途方に暮れ、母親に電話で「もう無理! 私の人生詰んだ!」とやりきれない気持ちをぶつけた。そんなアスカさんが、最終的にはなぜタイに行く決断をしたのだろうか。

「彼は大切な人だったし、自分のキャリアを継続しつつ、どうにか一緒にいられる道はないか考えました。それで彼の渡航後すぐ、お試しで1週間タイに滞在してみたんですね。そのとき、『ここなら住めるし働けるかも』と思ったんです。海外で働くことは、子どもの頃から夢のひとつでもあったので。もしタイで希望に合う仕事が見つからなければ、ひとりで東京に帰ろうという覚悟で帯同を決めました」

タイに行くか、日本にひとり残るか。悩める彼女の決断を後押ししたのが、薄井シンシアさんの著書『専業主婦が就職するまでにやっておくべき8つのこと』だった。この本では、専業主婦歴17年(駐妻)のシンシアさんが、家事育児を "キャリア" と捉えて全力で取り組んだすえ、そこで培ったマルチタスク能力が現在のキャリアに繋がっている、といったストーリーが語られている。

「 "海外での専業主婦生活をいかにキャリアに生かすか" という視点は目から鱗でした。『そうか、自分の努力とモチベーション次第でいつだってキャリアは築けるんだ!』と勇気づけられ、『せっかくタイに行くなら、その後の人生にプラスになるような経験を得よう』と気持ちを新たにできたんです」

2017年12月、入籍を済ませたアスカさんはタイに渡り、そこから約3年半のタイ生活が始まった。

自ら就労ビザを取得。「働く駐妻」として駆け抜けた2年間

アスカさんはタイに渡った約半年後、就労ビザに切り替え、現地採用として日系の広告代理店で2年間勤務することになる。そのプロセスはいかなるものだったのだろうか?

「まず渡航前に夫の会社の就業規則を確認しました。令和にもなって時代錯誤だとつくづく感じますが、帯同家族の現地就労を制限する会社がかなり存在します。いまだに多くの駐妻が"働く選択肢" すら与えられていないのです。幸いにも私の夫の会社は、帯同者の現地就労を認めていました」

次に彼女が行ったのは、ビザ変更手続きの方法を調べることだった。タイの駐在帯同者は通常、帯同ビザ(通称Oビザ)で入国するが、現地で就労する場合は就労ビザ(通称Bビザ)を取得せねばならない。その場合、配偶者の扶養から外れるため、年金や保険の切り替えも必要だ。「帯同ビザを就労ビザに切り替える」というパターンは異例で、情報収集は困難を極めたという。

「ネット検索しても、情報がほぼゼロで唖然としました。ビザ取得に詳しいコンサルティング会社に相談するも "前例がない" とのこと。自力で何とかするしかないと、手探り状態でとにかく動きました」

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タイ北部の古都スコータイで自転車を走らせ遺跡巡りをした(アスカさん提供)

1週間のお試しタイ滞在では、事前に登録していたタイの人材エージェント3社を訪問して話を聞いた。2017年12月、アスカさんは帯同ビザでタイに入国し、最初の半年ほどは現地生活に慣れつつ求人を探した。なかなか希望に合う求人とめぐりあえず悩んでいた矢先、ずっと興味があった広告の仕事が見つかったのだ。

「夫の同僚のご縁で、広告代理店の仕事を紹介してもらえたんです。2度の面接と試用期間を経て、無事に正社員として採用が決まりました。面接のとき、『夫が駐在員のため、数年後には帰国しなきゃいけないんです』と伝えると、『まったく問題ない』と雇ってくださって。理解ある元上司には、今でも感謝しています」

しかし、帯同ビザから就労ビザへの変更手続きは、どれほど煩雑なものなのだろうか。

「あくまで私の場合ですが、書類準備やタイ国外でのビザ申請など、ある程度の時間と手間は要したものの、想像していたほど大変ではありませんでした。最大のハードルだったのは、そもそもの前例がほとんどなかったことです」

2018年7月、無事に就労ビザを取得したアスカさんは、広告代理店の営業としてバンコクで働き始めた。仕事内容はおもに、タイに進出している日系企業の広告販促。SNS運営やイベント企画運営、制作物ディレクション、Web広告運用など幅広く携わった。

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広告代理店時代、タイ人インフルエンサーを起用しYouTube広告の撮影をした。撮影終了後のグループショット(アスカさん提供)

未経験で飛び込んだ業界だったが、世の中のいいモノやサービスに光を当てる仕事に喜びを感じた。日本の会社員時代に比べて給料は大幅に下がり、年金や保険も自己負担になってしまったが、後悔はなかった。

「クライアントや同僚に恵まれ、愉快で楽しいタイ人たちと新しい仕事に挑戦し続けた2年間は、私の人生にとってかけがえのない時間でした。夫も『お金より経験だよ。経験をお金と時間で買おう』といつも背中を押してくれました」

職場でのコミュニケーションは、基本的には英語かタイ語。元々英語が堪能なアスカさんも、独学でタイ語を学んだり、言葉がわからないときはGoogle翻訳を使ったりして意思疎通をはかった。

アスカさんがタイで働き始めてから違和感を抱いたのは、周囲から「すごい」と言われることだった。この言葉には「駐妻なのに働いていてすごい」という意味がふくまれる。

「多様な生き方があるこの時代に "駐妻が働く" というのは、そんなに不思議なことでしょうか。駐妻でも事業をしている方、大学院に通っている方、現地採用で働いている方、いろんな方がいます。なのに、いまだに『駐妻=働いていない』という固定観念が社会に深く根を下ろしていること自体が "時代遅れ" と感じるんです。

なかには働いている私と子育てしている自分を比較して『すごい』と言ってくださる方もいましたが、個人的には異国の地で子育てをするお母さんのほうがよっぽど『すごい』と思います。もし働く駐妻に『すごい』と言うのであれば、異国で子育てをしている駐妻にも『すごい』と言う、そんな社会であってほしい。

企業側にも、働きたい駐妻が働ける環境づくりを少しずつ進めてもらいたいですね」

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愉快なタイ人同僚たちとクリスマスパーティーを楽しんだ(アスカさん提供)

こうしてアスカさんは、現地採用として働いた2年間を含め、トータル3年半のタイ生活を駆け抜けた。

「仕事の合間に歌ったり踊ったりと陽気なタイ人同僚を見ていると、何事も厳しく固く考えがちな私も、自分の悩みがバカらしくなってくるんです(笑) タイ生活は想像よりはるかに楽しくて刺激的で、気付けば自分でもびっくりするくらい、タイもタイ人も大好きになっていました」

人生の "王道ルート" から外れて楽になった

2021年4月、アスカさんは日本に帰国した。その後すぐ「PRや広告業界の仕事を続けたい」と就職活動を開始し、同年8月に東京で再就職。現在は海外にも拠点があるPR会社で、日本のプロダクトを海外でプロモーションする仕事に携わっている。

「海外生活で『日本のモノを海外に広めたい』という気持ちが高まっていたから、それを叶えられて嬉しいです。マーケティング業務やSNS運営など、タイの広告代理店時代の経験が現在の仕事に生きています。新しい挑戦も多く試行錯誤の日々ですが、とても楽しく充実しています」

約5年前、「自分の人生を諦めたくない」と泣く泣く帯同を決めたアスカさんだったが、タイに行く前と比べて「すごく生きやすくなった」と明るい表情で語る。それはなぜか?

「ずっと追いかけていた "人生の王道ルート" から外れることで、フッと楽になったんですよね。大学を出て、正社員としてフルタイムで働いて、いずれ昇給して......。『私もそんな人生を送るんだろう』と思っていたときは、まわりと比較しがちで苦しかった。だけどタイに来て全く違う人生になって、もう比べる必要がなくなったんです」

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本帰国前に仏教寺院「ワット・スタット」にて撮影 (アスカさん提供)

タイ生活を振り返り、アスカさんがもっとも「恋しい」と感じるのは、"周りを気にしない人たち" だという。

「タイの方って常に自分のことで忙しくて、周りの目を気にせず全力で自分軸で生きている方が多くて。そんな彼らと一緒にいる時間が心地よく、私も『そっか、それでいいんだ』と心が軽くなりました」

現在アスカさんが描く未来図には、タイに行く前は考えもしなかった構想がたくさん詰まっている。 "王道ルート" に縛られていたときより、圧倒的に選択肢が増えたのだ。

「すぐ先の未来ですら正直どうなるかわからないから、流れに乗るしかないし、今は自信を持って『それでいい』と思えます。将来また夫が海外駐在になったときは、現地採用として働いてもいいし、大学院で勉強するのも面白そうだし、フリーライターになったり起業したりするのもアリかなって。なんでもやってみたいし、なんでもできそうな気がします。不安はもちろんあるけど、それよりもワクワクの方が大きいですね」

一度自分で道を切り拓いた人は強い。ひと皮剥けた彼女の新たなステージはまだ始まったばかりだ。

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筆者

タイ特派員

日向みく

バンコク在住ライター。中南米やアフリカ、中東を含む世界43ヵ国を訪れた旅好きです。

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