バンコク美容室オーナー、森一樹さん31歳が語る「タイ人育成の極意」

公開日 : 2021年09月28日
最終更新 :
筆者 : 日向みく
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バンコクで美容室経営をしている森一樹(もり かずき)さん(31)に、タイ起業に至るまでの経緯や「うつ病」に苦しんだ過去、タイ人と働くうえで大切なことについて伺いました。

コロナ禍での開業にもかかわらずサロン経営を軌道に乗せ、2021年4月には2店舗目をオープンした森さん。タイ起業を目指している方や、タイ人スタッフとの付き合い方を模索している方にとって、なにかいいヒントが見つかるはずです。

幼少からタイは身近な存在だった

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――それでは森さん、まずは簡単な自己紹介をお願いします。

京都出身の森です。バンコクで日系美容室「S.」「F.」という2店舗のオーナーをしています。タイに住み始めて今年で5年目。2016年にタイ移住して、日系美容室で3年半ほど下積みをしたのちに独立しました。シャンプーソムリエと日本の心理コーチング資格を保有するスタイリストとして、日々お客様をより美しくする手伝いをさせてもらっています。

――タイで起業をしようと決めた経緯について教えてください。

タイ好きな祖父の影響で、物心ついたころから「タイ」という国は身近な存在でした。彼がタイ旅行のたびに買ってくるトムヤムクンペーストがいつも実家にストックされていて、僕もよくタイ料理を食べさせられて辛いものに慣れていたし、小学生のときは不本意でしたがムエタイパンツを履かされていましたね (笑)。

僕が高校生のとき、定年退職した祖父が初めてタイに連れていってくれたんです。当時のタイは経済成長まっただなか。BTSが開通したばかりで、とくにプルンチットやシーロムなどのエリアの開発が進んでいました。ルイ・ヴィトンなんかのブランド店がズラーっと建ち並んでいて、想像以上に大都会なバンコクに驚きましたね。現地で出会ったタイ人は優しくてゆるくて。日本人へのリスペクトも感じました。

そこから定期的に祖父は僕をタイ旅行に同伴させました。彼なりの意図があったのでしょう、1食15バーツや20バーツのローカル屋台飯だけでなく、高級料理店でも食事をさせてくれました。貧富の差が大きいタイの格差社会を肌で感じましたよ。

――なるほど。おじいさまの影響が大きかったのですね。

はい。祖父はかなり破天荒な人でした。でも僕は彼の遺伝子を強く受け継いでいたのか、お互いに根っこの部分が似ていた気がします。祖父は当時、よく僕にこう言い聞かせました。「これから東南アジアの時代がやってくる。かずき、将来タイで美容室を開いたら絶対成功するぞ」って。

高校2年で「軟骨損傷」の大手術。絶たれた野球選手の夢

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野球に全力投球していた高校時代

――美容師になるというのは、いつ頃から思い描いていたのでしょうか?

僕の家族は美容師家系なんです。祖父以外、両親も祖母もその親戚もみ~んな美容師。でも僕は昔からずっと両親に「お前は美容師には向いていない」と言われていて。野球選手を夢みる野球少年だったし、将来美容師になろうとはまったく思っていませんでした。

野球の特待生として高校に入るところまでは良かったんですが、まわりのやつらは本当にすごくて。自分の実力で野球選手になるのは無謀だと気づいてしまいましたね。高校2年のとき短期アメリカ留学をする機会があって、その自由な空気感にふれて「海外で働くのもありかな」という感情がぼんやりと芽生えたんです。

――海外留学がひとつの転機になったんですね。

はい。でもそれ以上の大きな出来事が、脚の大手術です。留学から帰ってしばらくして、軟骨損傷という病気で脚を痛めてしまい、移植手術をすることに。2ヵ月間の入院を余儀なくされ、病室で「もう野球の夢は絶たれた。これからどうやって生きていこうか」といろいろ考えました。

これまで野球しかしてこなかった自分。イチから勉強して大学にいくのは正直厳しい。自分にあるものってなんだっけ......? じっくりと自分のコア分析をした結果、そこで初めて「美容師になろう!」って思い至ったんです。

「お前のせいで恥をかいた!」父親の言葉に傷つき「うつ病」発症。どん底の日々

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――高校卒業後の進路はどうなったのでしょうか?

高校卒業後、20歳で上京して、東京青山にある芸能人御用達の有名美容室に入社しました。高い倍率を勝ち抜くことができたので、とてもうれしかったですね。で、美容師免許をとるための国家試験を受けようと意気込んでいたとき、タイミング悪く脚の再手術をすることになりました。

「技能テスト」は合格したものの、手術の影響で「筆記テスト」をまともに受けられず......。次の募集は1年後で、仕方なくそのまま働いていました。実は国家資格なしで美容師を名乗るのは違法だったんですが、当時は暗黙の了解で、有名な美容師でもあたりまえのように無免許で働いていたんです。

ところがあるとき、その実情が世間に露呈して美容師業界に大バッシング。時代の流れが変わりました。僕もその流れを受けて、「美容師の国家資格がない」ということでクビになってしまいました。

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――なんと、クビですか......その後はどうされたのでしょうか?

とても落ち込んで親父に相談すると「いったん京都に戻ってこい」と言われ、親父の知っている京都の美容室で働かせてもらうことになったんです。が......それがさらなるどん底生活の始まりでした。その美容室は京都でかなりの有名店でしたが、完全なるトップダウン経営で現場が疲弊していて。新人社員への教育もままならない状況でした。

さらに美容師業界で名の知れた親父の息子が入社したことで、スタッフ全員が僕のことを「コネ入社のスタッフが入ってきた」と軽蔑してきたんです。僕は毎日のように「お前のヘアスタイルはモサい」など嫌味を言われ続け、精神的に追い詰められました。

しかし一番タチが悪かったのが親父。彼は酒で酔うと暴言を吐き、翌日にはそのことを忘れるタイプの人間。美容師仲間との飲み会へいくと、酔った勢いでこんなことを言うんです。「俺の息子はヘタレだ! 俺がせっかく働かせてやってるのに怠けるばかりで、本当にどうしようもないヤツだ」。

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「森の息子はヘタレ」という話はあっとういう間に京都の美容師業界に広まりました。僕が美容師セミナーに行くと、みんなにクスクス笑われるんですよ。職場では「森くん。君はお父さんに甘やかされて生きてきたんだろうけど、我慢して働かなきゃだめだよ」と嫌味を言われ続けて...... 限界がきたある日、辞職を決めました。

僕が店を辞めることを知った親父は、「ヘタレ息子がまたやらかした」と飲み会で周囲に当たり散らしました。そしたら京都の美容師界のお偉いさんが、「森さんの教育が甘いんだ。息子に甘んじてるから」と親父に言ったらしくて。

その日の深夜2時、泥酔して帰宅した親父に「お前のせいで俺は恥をかいた! どうしてくれるんだ! 責任とれ!」って怒鳴られて。そんなことが何度も続き、精神的に病んでしまった僕は、21歳のときに「うつ病」を発症しました。

――そうだったんですね。うつ病にはどのくらいの期間向き合われたのでしょうか?

約2年です。21歳で発症して23歳のときに完治したんですが、そのあいだも地獄でしたね。とにかく親父から離れたくて、親父と関わりがないサロンを探し続けて、ようやく見つけた店で働き始めたんですが......そこもブラックな職場でした。

社内教育レベルが低く、指名売り上げでたくさん稼いでも正当に評価してもらえず、給料は安いまま。先輩社員からの嫌がらせは日常茶飯事で、さらに給料改ざんが発覚してオーナーと揉めて。そんな日々でした。職場でも家でも大きなストレスを抱えていました。

うつ病の症状を抱えながら働くのも、かなりキツかったです。カットの練習してるとき、親父の「お前のせいで恥をかいた! どうしてくれるんだ!」って声がガンガン聞こえてくるんですよ。必死に貯めた貯金で病院に通い、年間50万ほどかけて美容セミナーに参加し続け、なんとか踏ん張って美容師免許を取得しました。

――その状況から逃げたくはならなかったですか?

いつもそう思ってました。家からも職場からも逃げたいと。美容師ワーホリがあることを知って「ロンドンのサロンで働きたい」と英語の勉強をし始めたのもこの頃ですね。うつ病と向き合うために心理学の勉強も学び始めたんです。

「自分自身の分解」をするために心理学を学んだ

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――うつ病がきっかけで「心理学」を学ばれたんですね。なぜ「心理学」だったのでしょうか?

「自分自身の分解」をするためです。心理学を通じて心のメカニズムを学び、自分のことを客観的に分析することで、ずいぶんと楽になりました。あと、「これからの人生を輝かせるにはどうすればいいか」を本気で知りたくて。

心理学を勉強するなかで「僕と似たような境遇にある人を救いたい」と強く思いました。なぜって、うつ病で苦しんでいた僕自身が本当に心理学で救われたから。100万円かけて心理学アカデミーにも通い、心理コーチングの資格をとりました。

――その後、なぜタイで働くことになったのでしょうか?

ブラックサロンの給料改ざんが発覚した1ヵ月後に、仕事のオファーをもらったんです。オファーをくれたのは、親父の知人である60代の岩手出身カリスマ美容師。メーカー企業の社長も兼任しているすごい人でした。彼が京都で美容セミナーを開催するということで、僕がその手伝いを任されました。

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シャンプーソムリエの認定試験に晴れて合格したとき

いろいろな話をするなかで、社長は僕の薬剤やケミカル知識を高く評価してくれました。セミナー終了後の夜、飲み会の席で社長が突然、「かずきさぁ、海外の美容室で働くのって興味ある? タイなんだけど」と尋ねてきて。僕が二つ返事で「はい!」というと、すぐに社長がタイ現地の美容室に電話をして、その日の夜に採用が決まりました。いやぁ、すごいスピード感でしたね。

その後しばらくは「辞めたい」と告げたはずのサロンと揉めてゴタゴタしていたんですが、8ヵ月後の2016年11月に、26歳でようやくタイに渡ることができました。

――現在お父様とはどういった関係性でしょうか?

親父のことを尊敬はしているし、助けてくれたこともあって感謝もしています。ただ、当時を思い出すと辛くなるときがありますね。親父は僕のことを決して「嫌い」とかではないんです。むしろ愛情の裏返しで、「俺がいろいろしてやらねば息子はなにもできない」と思い込んで、僕をずっと自分のモノにしておきたかったみたいなんです。

でも今は、自分の力で積み上げて成長した僕のことを認めてくれています。いや~それにしても、あの数年間は本当にしんどかったなぁ(笑)

コロナ禍で美容室をオープン。想像の2倍はしんどかった

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――タイに移住した森さんは、最初の3年半は日系美容室で経験を積まれています。当初から独立を視野に入れていたのでしょうか?

はい。タイに渡ってからすぐに働かせてもらった日系美容室では、入社の段階で「3年ほど働いたら独立します」という意向は伝えていました。

最初の2年は起業に向けて貯金するために貧乏生活を送りましたが、これまでの長い下積み生活のおかげで全く苦じゃなかったですね。むしろ、日本での苦しい環境から解放されて自由になり夢のようでした。

――独立するにあたり、具体的にどんなことをされたのでしょうか。

タイで独立するとなると、税金のシステムやワークパーミットの入手方法など、さまざまなことを把握しておく必要がありました。そのリサーチに四苦八苦していたところ、とあるサロン経営者と仲良くなって、その人が僕にいろんなことを教えてくれたんです。

彼が僕に「俺が所有している空き店舗を買わないか?」という話をもちかけてくれたので、速攻で買いましたね。これがなかなかの古物件でたいへんでしたが、リノベーションしてきれいにしました。

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タイで起業するには4人以上の従業員が必要なので、タイ人の友人に人材紹介や面接をしてもらったり、facebookに求人募集ページを開設したりしてスタッフを集めました。

開業に向けて順調に進んでいたはずでしたが、そこにやってきたのがコロナですよ(笑)。でも「絶対にやってやる」と決めて、コロナが襲来してまもない2020年5月に、1号店である美容室「S.」をオープンしました。

――コロナ禍での開業というのはどういった状況だったのでしょうか?

当時のことは大変すぎて、正直あんまり記憶がないですね(笑)。コロナ対策でサロンの営業が規制されることもたびたびありましたし......生き残るためにとにかく必死でした。3年半タイに住んでいたのでタイ人のことはそれなりに理解しているつもりでしたが、サロン立ち上げ当初はタイ人スタッフとのコミュニケーションがまったくうまくとれず、想像していたよりも2倍はしんどかったです。

サロン最大のオリジナリティーは「付加価値」

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――森さんのサロンの特徴としてはどういったものがあるのでしょうか?

「付加価値」のあるサービスです。うちのサロンの料金は少し高めの設定で、開業当初は「そんな高いお金を払うお客さんなんてこないよ」とたくさんの人に馬鹿にされました。でも僕には、その金額以上のサービスを提供できる自信があったんです。

――その「付加価値」とは具体的になんでしょうか?

「美容院=ヘアカットやカラーをするための場所」だけではなく、シャンプーソムリエとしての薬剤やケミカル知識を活かしてお客様の髪質に合うベストな処置を行います。また施術中には心理コーチングの知識を活かし、お客様おひとりおひとりの話に耳を傾け、求められれば心理学の観点からコーチングさせてもらうこともよくあります。実際に「森さんに人生相談をしにきた」と来店してくれるお客様もかなりいらっしゃいます。そういった付加価値こそがうちのサロンのオリジナリティーなんです。

もちろん持続的にお客様に喜んでいただける最高のサービスを提供できるよう、日々勉強にも励んで知識のアップデートも怠りません。今できることに誠心誠意で向き合った結果、なんとか経営が軌道にのり、ありがたいことにリピーターのお客様も増えて、今年4月には2店舗目をオープンすることもできました。

僕らサロン経営者にとってコロナは確かにピンチですが、ピンチをチャンスに変えるのは割と得意だと思っています。なんてったって僕の人生はこれまでピンチだらけで、それをひたすら克服し続けてきたので(笑)

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――森さんは美容師のお仕事のほかにも「サイドビジネス」をされているということですが、どういったものがあるのでしょうか?

現在は心理カウンセラー&コーチングの仕事や、バンコクの日系飲食店向けに心理学にもとづくインスタ運用のお手伝いをさせてもらっています。大手企業の駐在員や、多店舗展開する居酒屋向けのセミナー運営に関わることもあります。

コロナ対策の規制でサロンの営業が禁止されたときは、サイドビジネスの収入のおかげで、なんとか食い繋ぐことができました。

――サイドビジネスについてはどうやってマネタイズされたのですか?

心理学の勉強を続けていたら、あるとき僕の心理学の先生が「マネタイズしてみれば?」と提案してくれたんです。人の役に立つこと、喜んでもらえることをすれば、誰でもやり方によってはマネタイズできますよ。

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――森さんご自身の経験をふまえ、タイで起業するにあたっておさえるべきポイントのようなものはありますか?

僕が思うベストなプロセスは「タイで数年暮らしてから起業」です。個人としての能力が高く楽観的な方ならうまくいく場合もありますが、一般的には「タイに来てすぐ起業」はかなりハードモードだと思います。

タイでの起業には「コネ作り」がとても大切です。まずは2、3年タイで暮らしながらタイ人の友達をつくり、同業の社長さんと仲良くなるんです。店をまわせるレベルくらいのタイ語は勉強しておいたほうがいいでしょう。

正直、ルールブックに載っていないことも多いです。キャバクラで知り合った女の子にお金を払って手伝ってもらうとか、大金を払って会社を買うとか、裏技を含めていろんなパターンがありますが......株主権利をはく奪され、会社をタイ人にのっとられてしまったパターンもよく聞くので、くれぐれも気をつけてくださいね。

タイ人スタッフにはボトムアップの教育で粘り強く付き合う

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――サロンのオープニングスタッフは美容師経験者だったのでしょうか?

ひとりだけスタイリスト経験者がいましたが、その子以外は全員未経験のゼロスキルでした。実はタイでは一般的に「美容師は貧しい人の仕事」とされていて、面接にきてくれたタイ人の多くは貧困家庭の出身者や、教育を十分に受けていない人が多かったです。

でも僕には選り好みする余裕なんてなかったし、面接にきてくれるだけでありがたかったので、「絶対あかんわ」という人以外は全員採用しました。

――未経験者のタイ人スタッフを一から育てるのって、すごく大変そうです。

サロンを開業してすぐのときは予期しないトラブルだらけ。毎日がパニック状態でした。いきなり早朝にスタッフから「今日で辞めます」と連絡がきて、無断欠勤されるなんて日常茶飯事。仕事を指示しても勝手に自分で判断してしまう。頼んだことすらやらない。

タイ人の傾向として、自分の損得を考えて「自分にとってメリットがない」と思ったことはやらない、というケースが多いです。やる気がない、すぐさぼる、言い訳が多い、自分のミスをすぐ誰かのせいにする......最初はそんなスタッフばかりでした。

――その状態をどうやって打開されたのでしょうか?

なぜ彼らがそのような状態になってしまうのか因数分解してみたんです。そこから導きだしたのは、「彼らは知らないだけ。道徳教育を受けていないだけ」ということ。だからまず「なんのために仕事をするのか」という、やる意味を理解してもらうことから始めました。

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――「やる意味を理解してもらう」ために、具体的にどういったことをされたのでしょうか?

彼らが仕事をする意味をわかってくれるまで、最終ゴールまでのストーリーを一つひとつ全部説明するんです。会社の経営理念、この仕事をこういう風にすればお客様が喜んでくれる、お客様が喜んでくれたら売り上げが上がる、そうするとあなたの評価や給料が上がる、そうすればあなたの家族が喜んでくれる、いい生活ができるようになる......そんな感じです。

――なるほど。かなり粘り強さが必要になりそうですね。

まさにです。粘り強さが本当に重要なんです。僕はスタッフに仕事を任せるとき、彼らのミスをカバーできる状態をしっかり想定したうえで任せます。ミスをしたら「なんでミスしたかわかる?」と聞いて、原因と改善策を一緒に考えます。そこで「すぐできるようになるだろう」と決して甘んじてはいけません。ミスを繰り返したら、僕も同じように確認や説明を繰り返します。

ボトムアップの教育にもこだわっています。「この仕事をやっとけ」というトップダウンの教育では、彼らの仕事は作業的なレベルにとどまってしまう。そうではなくて、「こうやったらお客様が喜ぶよ」という伝え方をします。成長を少しでも感じたら、適当に褒めるのではなく「明確に褒める」ことを意識しています。

タイ人は自尊心が高い人が多いので、「僕はあなたにとても期待している」と定期的に伝えることも大切にしています。彼らが自分の頭で考えて動けるようになり、技術が彼ら自身のものになったとき、実は日本人よりもミスが少なくなるんですよ。彼らのポテンシャルを引き出せるかどうかは、僕ら次第なんです。

――森さんが「人材が育ってきている」と感じたのはいつ頃でしょうか?

起業して10ヵ月経ったころでしょうか。彼らのヒューマンリテラシーが上がってきているという強い実感がありました。今では僕が指示しなくても自分たちで動いてくれるし、信頼できる立派なスタイリストやアシスタントに成長してくれています。

僕も経験をかさねるなかで、タイ人向けのマインドコントロールのコツを徐々に掴んでいきました。今なら美容師としての経験ゼロの新人がきたとしても、入社1ヵ月でシャンプー、2ヵ月でヘアカラー、3ヵ月でストレートアイロン、4ヵ月で1人前のスタッフとしてかなり動けるレベルまで育てられると思います。

スタッフに「やる気」がなければ「知識」を与えよ

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――タイ人育成やマネジメントで大切なことってなんだと思いますか?

ひとつめはメンタルブロックを解除することです。たとえば「彼氏はどんな人?」「お菓子あげるよ」とかなんでもいいので、仕事以外のプライベートな話をして、彼らの警戒心を解いて心の距離を近づけます。

もうひとつ重要なのが「知識を与える」こと。

――えっ、知識ですか?

はい。やる気の根源ってなんだと思いますか? それは「目標」です。そして目標の根源は「夢」。彼らには夢がなかったんです。心理学の世界では夢の根源は「知識」とされています。つまり知識があるから僕たちは夢を見ることができるんです。

野球というスポーツを知っているから野球選手になりたいと夢を抱くし、海外旅行で飛行機に乗ったことがあるからCAになろうと思うし、病院にかかったことがあるから医者や看護師になりたいと思うはずなんです。その職業を知らなければ、夢を抱くことはないですよね。

だからスタッフには知識を与え、そこから彼らの夢や目標をイメージさせました。たとえば「このカラーとこのカラーを混ぜたらこんなきれいな色になるんだよ」と知識を与えて、そこから「このカラーリングができるようになったらお客さんが喜んでくれるね。そうしたら君の評価が上がって給料もこのくらいまで上がるよ。そうしたら今よりいい暮らしができて家族も喜ぶね。意外と難しくないよ」って。

そうするとスタッフは「私でも変われる。私でも稼げる。頑張る意味がある。評価してもらえるんだ」と気づき、自ら変わろうと努力するようになります。

今後はタイ人向けのタイ人育成マニュアルを作りたい

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――今後の事業展開やビジョンについて教えてください。

主に3つの構想があります。ひとつは、タイ人を30人ほど雇って新しい美容室をつくり、そこでいい美容師を育ててフランスチャイズで独立させることです。

2つめは、タイ人育成で悩んでいる日本人向けに、優秀なタイワーカーを育てるためのマニュアルやシステムを構築することです。とくに小規模の商店や飲食店などのコンサルティングに力を入れていくつもりです。

3つめは、タイ人育成をするタイ人向けのマニュアルやシステムを構築することです。タイ人が自分たちの力で質の高い人材育成を行える状態までもっていくことが僕のゴールですね。

――タイ全土に日系企業の数はかなり多いですが、日本人とタイ人の相性についてはどう思われますか?

実は日本の教育システムって、タイ人にフィットしやすいんです。たとえば欧米企業だと厳しい成果主義を採用しているところが多く、言い方はよくないですが、割とすぐに「奴隷化」してしまう傾向があります。

でも日本はそうじゃない。日本人は「なにかを育てて能力を底上げするスキル」が世界的にみてもめちゃくちゃ高いんです。過去のパラオにおける日本統治なんかがいい例で、昔からそうなんです。

僕はタイ人のワーキングリテラシーを底上げし、本当の意味でタイ人の地位を高めていくために、日本の力が必要だと思っています。日本ならできると思う。残念なことは、こんなに日本の教育システムは素晴らしいのに、マネタイズができてないことです。個人的には「日本の教育システムはもっとマネタイズできるのに」と、歯がゆい気持ちがあります。

「第4次産業革命」を見据えて危機感をもった教育を

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――タイの日系企業でタイ人育成をするにあたり、何がハードルだと思われますか?

これは会社の仕組みなので難しいとは思うんですが、駐在員の方だと大抵は数年で帰国してしまいますよね。これが「人材育成」の観点からすると、ちょっと短すぎるんです。駐在員のなかで力をつけた人は独立してしまいますし。それがひとつの課題なのかなぁ~と感じます。

しかし今後は、近い未来に起こりうる「第4次産業革命を見据えた人材育成」がとても重要になってくるはずです。AIがいろんな仕事に取って代わりだしたら、どうなると思います? 自分の頭で考えて働けるタイ人スタッフを育てないと、効率的に働ける人材が減り、日系企業はタイから撤退しなければいけなくなる可能性だってあります。

危機感をもって今から信用や信頼ができる優秀なタイ人ワーカーの育成に力を入れておけば、タイはもっと飛躍できるし、結果として日系企業の飛躍にも繋がるはずなんです。

――最後に、タイ起業を目指している人に向けてメッセージをお願いします。

僕はタイにきて、人生がとても自由になりました。もし日本で「日本式のやり方」でくすぶっているのだとしたら、もしかすると場所を変えれば、あなたの長所をもっと活かせる道が見つかるかもしれません。

タイはとてもすてきな国ですし、タイ人の付き合い方もコツをつかめばうまくいくようになります。海外起業はハードルが高いと感じるかもしれませんが、動いてみればなんとかなるものです。ひとつの選択肢として視野にいれてみるのはいいかもしれません。

タイ起業する際は、現地に「日本人を騙す日本人」が少なからずいるので、くれぐれも気をつけてくださいね。タイから皆さんを応援しています!


■ヘアサロン「S.」
・住所: P.S.Tower, 36/6, Asok Montri Rd, Khlong Toei Nuea, Watthana, Bangkok 10110
・営業時間: 9:00~(要相談)
・定休日: 月曜日と水曜日
・電話: 080-395-4831
・問い合わせ: Instagram 「S.」
・・LINE(ID): s.by.japan

■ヘアサロン「F.」
・住所: floor3, 47 Soi Sukhumvit 49/1, Khlong Tan Nuea, Watthana, Bangkok 10110
・営業時間: 9:00~18:00
・定休日: 月曜日と火曜日
・電話: 090-970-5832
・問い合わせ: Instagram 「F.」
・LINE(ID): f.by.japan

◇インタビューを終えて

森さんのにこやかな笑顔の裏に潜む壮絶な過去について赤裸々にお話いただき、どんなピンチもチャンスに変えるタフネスと確固たる信念に感銘を受けました。ご自身の人生を輝かせるために心理学を学び始めたとのことでしたが、今まさに実現されていると感じました。

筆者

タイ特派員

日向みく

バンコク在住ライター。中南米やアフリカ、中東を含む世界43ヵ国を訪れた旅好きです。

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