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南チロルはイタリアではない!チロル人なら絶対歌えるチロルの歌

カテゴリー:エンターテイメント・音楽・ショー / 生活・習慣・マナー 投稿日:2017年10月29日

Servus!筆者の住むオーストリア西部のチロル地方、すぐ隣はイタリアなのですがイタリア北部のトレンティーノ アルト アディジェと呼ばれる地域は南チロルに含まれていてここに住む人達はイタリア語はもちろんドイツ語を話します。それはかつてここがオーストリア領だったため。チロル地方はオーストリアからバイエルン支配、その後独立戦争などを経てオーストリアへ戻ったという歴史がある場所で南チロルは第一次世界大戦までは北チロル同様オーストリア領でした。しかしオーストリア=ハンガリー帝国が大戦に敗れた後は1919年にイタリア領となり現在に至ります。


現在の南チロル、ボルツァーノ。ここはオーストリアとイタリアの国境がある町、ブレンナー。


foto1.JPG


パスポートコントロールがあった頃のブレンナーの写真。


foto2.JPG


そんな歴史を持つチロル、現在は過去の争いが嘘かのようにのどかな地方ですがここに住む人達なら絶対に歌える歌でコンサートやお祭りには欠かせないある歌があるんです。その歌がこちら。タイトルはDem Land Tirol die Treue(チロルの地へ忠誠を)。



歌詞は前半は美しいチロルについてをうたっているのですが、後半(2:40あたりから)は少し変わりこんな歌詞が...。


"激しい戦争でチロルはバラバラに打ち砕かれ南チロルは引き裂かれた"


"ドロミテは真っ赤な火の中遠くから我らに最後の別れの挨拶をした"


(※ドイツ語歌詞はこちら から)


音楽は明るいですが歌詞はかつての戦争の事も歌われていてちょっと悲しい内容なんです。

そんなチロルへの愛と歴史が込められたこの歌はお祭りでのコンサートやイベントの最後に必ず全員で歌います。筆者が初めて知ったのは村のお祭りでのコンサートでしたが、他の曲はみんな座っていたのに最後にこの歌が流れてきた瞬間筆者以外総立ちして歌いだしてびっくり...。そのあとは結婚式の余興や誕生日パーティーでもこの歌が流れてくるので自然と覚えたのですが、歌詞まではよくわからずそのたびに一人だけ周りについていけないため疎外感を抱いていました(笑)


このDem Land Tirol die Treueは1950年に作られた後にチロルでの人気が高まり現在に至るそうです。内容が分からなかった当時はなぜこの歌がここまで人気なのかと思っていましたが、郷土愛だけでなくかつては同じ国であった南チロルとの歴史を伝えていくという意味もあってここまで定番の曲となったのかもしれません。


チロルのお祭りなどのイベントで開かれているコンサートを目にする機会がありましたら是非耳を傾けてみてください。




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2010年にオーストリア人の夫と日本で出会い、2011年に東日本大震災によりそれまで働いていた会社を離職。離職後は長年の夢であったドイツ語習得のために夫の住んでいたチロルで学校に通いながら日本を行き来する生活を送り、2014年に結婚。本格的にチロルでの生活を始める。現在もドイツ語を勉強中。大自然に囲まれたチロルから日々の暮らしについて紹介していきます。 DISQUS ID @disqus_XRdcbNy7Mz

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